相続トラブルを防ぐために遺言の重要性は広く認識されるようになりましたが、実際に遺言を作成している人はまだ少数派です。その理由の一つが、自筆証書遺言に求められる厳格な形式要件と、手書きによる負担の大きさでした。
こうした課題を背景に、政府はパソコンやスマートフォンで作成した遺言を認める新たな仕組み、いわゆる「デジタル遺言」の導入に向けて制度改正を進めています。
デジタル遺言とは何か
今回検討されている新制度では、本人がPCやスマホで作成した遺言データ、またはそれを印刷した書面を法務局に提供し、保管を受けることを前提に、法的に有効な遺言として認める仕組みが想定されています。
保管申請は、対面だけでなくウェブ会議による手続きも可能とされ、本人確認のうえで、遺言全文を本人が読み上げることが要件となります。この方式の遺言は「保管証書遺言」と呼ばれ、自筆証書遺言や公正証書遺言に続く新たな選択肢になります。
自筆証書遺言の現行ルールと限界
現行の自筆証書遺言では、本文全文・日付・署名を本人がすべて自書する必要があります。財産目録のみはパソコン作成や通帳コピーの添付が認められていますが、本文を一部でもPCで作成すると無効になります。
日付は「令和8年1月27日」のように特定できる記載が必要で、「1月吉日」などは認められません。訂正方法も厳格で、二重線、訂正内容の記載、署名が求められます。
これらの形式要件は、法的安定性を確保する一方で、作成のハードルを高くしてきました。
デジタル化で何が変わるのか
新制度の最大の意義は、手書きの負担が大幅に軽減される点にあります。文章の修正や更新が容易になり、誤記や形式不備のリスクも下がります。
また、保管申請手続きのデジタル化により、法務局への移動が難しい高齢者や病気療養中の人にとっても利用しやすくなります。今後は、従来の自筆証書遺言についても、郵送とウェブ会議を組み合わせた保管申請が可能になる見込みです。
遺言を書くときの最大の注意点
制度が使いやすくなっても、遺言の中身が不十分では意味がありません。遺言で最も重要なのは、すべての財産について「誰に・何を」渡すのかを具体的に書くことです。
「妻に60%、長男に30%、次男に10%」といった割合指定は一見合理的ですが、不動産や価格変動のある株式では、相続人同士の話し合いが必要となり、かえって争いの火種になることがあります。
特に不動産は分割が難しく、誰が取得するのかを明確にしないと紛争に発展しやすい点に注意が必要です。
遺留分への配慮も不可欠
特定の相続人に極端に偏った遺言も慎重であるべきです。配偶者や子などの法定相続人には、一定の財産を請求できる「遺留分」が認められています。
遺留分を侵害する内容の遺言は無効ではありませんが、相続開始後に遺留分侵害額請求を受ける可能性があり、結果として争いを招くことになります。
結論
デジタル遺言の導入は、遺言作成の心理的・実務的ハードルを大きく下げる転換点になります。ただし、形式が簡単になっても、内容まで自動的に適切になるわけではありません。
誰に、どの財産を、どのような理由で残すのかを具体的に整理し、家族関係や遺留分にも配慮した設計が不可欠です。
「書ける制度」から「活かせる遺言」へ――制度改正をきっかけに、早めの準備を考えることが重要になってきています。
参考
・日本経済新聞「〈マネー相談 黄金堂パーラー〉デジタル遺言(下)自筆証書」
・日本経済新聞「遺産分け『誰に・何を』明記」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
