日本の所得格差は拡大しているのか。この問いに対しては、長らく「人口の高齢化による見かけ上の現象ではないか」という説明がなされてきました。年功賃金の下で中高年ほど所得のばらつきが大きく、高齢者には無業者や自営業者も多いため、人口構成が高齢化すれば全体の格差が広がって見えるという考え方です。
しかし近年の研究は、この説明だけでは捉えきれない現実を示しています。特に、若年層の内部で格差が拡大しているという点は、将来の社会構造を考える上で見過ごせない問題です。
所得格差は本当に「見かけ」なのか
所得格差を測る代表的な指標にジニ係数があります。日本では1980年代後半から2000年代にかけて、ジニ係数で見た所得格差が拡大しました。
この動きを「高齢化による構成効果」と説明する見解では、年齢階層ごとの格差は変わっておらず、格差の大きい中高年層が増えた結果、全体が拡大して見えるに過ぎないとされます。
確かに、世帯主の年齢を基準に分析すると、この説明には一定の説得力があります。しかし、分析の前提となる「世帯主年齢」という切り口自体が、現代の家族構造に必ずしも合っていない可能性があります。
本人年齢で見ると見えてくる若年層の変化
世帯主年齢ではなく、本人の年齢を用いて分析すると、異なる姿が浮かび上がります。1990年代から2000年代にかけて、年齢階層内の所得格差は拡大しており、その影響は人口構成の変化を上回っていました。
特に格差拡大が顕著だったのは20歳代、30歳代の若年層です。一方で、60歳以上の高齢者では所得格差がむしろ縮小しています。
高齢者層では、公的年金制度が成熟し、最低限の所得が制度的に保障されるようになったことが、格差縮小の一因と考えられます。これに対し、現役世代、とりわけ若年層では、制度的な下支えが弱いまま、市場環境の変化を直接受ける構造になっています。
未婚化がもたらす統計上の「錯覚」
世帯主年齢と本人年齢による分析結果の差を生んでいる大きな要因が、若年層の未婚化です。1990年代以降、親と同居する未婚の成人が増えました。
子が結婚すれば独立世帯の世帯主になりますが、未婚のまま親と同居している場合、世帯主は高齢の親になります。その結果、若年層の所得状況が「高齢世帯」の中に埋もれてしまいます。
未婚率が上昇するほど、若年層で世帯主になる割合は低下し、統計上は世帯主年齢が高齢化しているように見えます。このため、世帯主年齢を基準にすると、若年層内部で進行する格差拡大が捉えにくくなります。
若年層の格差拡大が意味するもの
若年層の所得格差拡大は、単なる現在の収入差にとどまりません。所得の差は、教育、住居、結婚、子育てといったライフイベントの選択肢に直結します。
さらに、若年期の格差は、その後のキャリア形成や資産形成を通じて累積しやすく、将来の格差固定化につながります。これは「結果の不平等」だけでなく、「機会の不平等」が拡大していることを意味します。
高齢者層で格差が縮小している一方、若年層で格差が広がっている構図は、社会保障制度が主に高齢期を支える設計であることとも無関係ではありません。
結論
日本の所得格差を高齢化だけで説明することは、もはや難しくなっています。本人年齢で見た場合、若年層内部での格差拡大が、全体の格差を押し広げていることは明らかです。
世帯主年齢という従来の分析手法は、未婚化が進む現代社会では、実態を過小評価する恐れがあります。
今後の格差問題を考える上では、高齢者対策だけでなく、若年層が直面している不安定な就労や所得のばらつきに目を向ける必要があります。所得格差の背後にある機会の不平等をどう是正するのかが、将来の社会の持続性を左右する重要な論点となります。
参考
・日本経済新聞「やさしい経済学 所得格差と機会の不平等(3)若年層で顕著な格差拡大」
・所得格差およびジニ係数に関する先行研究
・少子高齢化・未婚化と世帯構造の変化に関する統計資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

