AI時代の老後の自己決定権――「選ばされる老後」から「選び続ける老後」へ

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高齢期を迎えると、多くの人が「自分で決められなくなる」という不安を抱きます。
医療、介護、住まい、資産の取り崩し、相続。判断が必要な場面は増える一方で、制度は複雑化し、情報量も膨大です。

AIが社会に本格実装される時代において、この「老後の自己決定権」はどのように変わるのでしょうか。
本稿では、台湾の初代デジタル相である オードリー・タン 氏の示す「市民AI」という視点も踏まえながら、老後とAIの関係を考えます。

老後に失われやすいのは「判断の場」

老後の課題は、単に身体能力や収入が低下することではありません。
本質的な問題は、「自分で考え、選ぶ場」が徐々に狭まっていく点にあります。

・制度が複雑すぎて理解できない
・説明を受けても比較検討ができない
・気づけば家族や専門家の判断に委ねている

この状態が続くと、本人の意思とは無関係に「選ばされた老後」が形づくられていきます。

自己決定権は「能力」ではなく「環境」で決まる

自己決定権というと、判断力や知識の問題と捉えられがちです。
しかし実際には、判断できる環境が用意されているかどうかが大きく影響します。

選択肢が整理され、違いが理解でき、結果を想像できる。
この条件が整っていなければ、若年層であっても適切な判断は困難です。

老後の自己決定権が弱まるのは、能力の衰えだけでなく、環境設計の問題でもあります。

AIは自己決定権を奪うのか、支えるのか

AIに対しては、「判断をAIに任せてしまうのではないか」という懸念が根強くあります。
確かに、AIが最適解を一方的に提示する設計であれば、自己決定権は形式的なものになります。

一方で、AIを「決める存在」ではなく「考えるための補助線」として設計すれば、状況は逆転します。

・選択肢を整理する
・メリット・デメリットを可視化する
・過去の価値観や希望を踏まえて問いを投げ返す

このような役割であれば、AIは自己決定権を支える存在になり得ます。

市民AIと老後の意思決定

オードリー・タン氏が語る「市民AI」は、老後の自己決定権と極めて相性が良い概念です。
市民AIは、誰かの代わりに決断するのではなく、市民が自分で判断するための知能です。

老後においては、次のような場面で力を発揮します。

・医療や介護の選択肢を中立的に整理する
・制度変更や給付条件を分かりやすく説明する
・本人の価値観を言語化し、家族や専門家と共有する

これにより、「説明される老後」から「対話する老後」へと転換が可能になります。

α世代と老後世代の対称性

興味深いのは、α世代と老後世代が、自己決定という点で似た課題を抱えていることです。
情報が過剰で選択肢が多すぎる状況では、若者も高齢者も判断に迷います。

α世代はAIと共に選択する感覚を自然に身につけつつあります。
老後世代は、AIを通じて再び「選ぶ力」を取り戻す可能性があります。

AIは、世代間の断絶を広げる存在ではなく、選択の条件を平準化する媒介になり得ます。

老後の自己決定権と社会保障

老後の選択は、個人の問題にとどまりません。
選択の結果は、医療・介護・年金といった社会保障制度全体にも影響します。

本人が納得して選び続けられる環境は、過剰な医療や不本意な支援を減らし、結果として制度の持続性にも寄与します。
自己決定権の確保は、尊厳の問題であると同時に、現実的な政策課題でもあります。

おわりに――AIは「老後の主語」を取り戻す道具になれるか

AI時代の老後に問われているのは、「どこまで支援するか」ではありません。
「誰を主語にして設計するか」です。

AIが人を管理する道具になるのか、
それとも人が自分の人生を語り続けるための道具になるのか。

老後の自己決定権は、AIによって奪われるものではなく、設計次第で取り戻せるものです。
AI時代の成熟とは、技術の高度化ではなく、「選び続けられる老後」を社会として支えられるかどうかにかかっているのではないでしょうか。


参考

日本経済新聞「〈α-20億人の未来〉α世代、AIと分断超越 新興国が先行の可能性」(2026年1月12日)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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