令和6年分の相続税申告事績において、相続税の課税割合は10.4%と初めて1割を超えました。この数字は、単なる統計上の節目ではありません。
相続税が「一部の富裕層だけの税」から、「一定の資産を持つ層であれば現実に関係する税」へと性格を変えつつあることを示しています。
本シリーズでは、相続税データを起点に、不動産評価、生前贈与、事業承継税制といった個別論点を見てきました。最終回では、それらを横断しながら、相続税1割時代に何が変わり、何が変わらないのかを整理します。
課税割合1割が持つ意味
課税割合が1割を超えたという事実は、制度の設計思想そのものに影響を与えます。
課税対象が限定的であった時代には、制度が複雑であっても「該当する人が少ない」という理由で問題が顕在化しにくい側面がありました。しかし、対象者が広がるほど、制度の分かりやすさ、公平性、予見可能性が強く求められます。
相続税が広く意識される税になった以上、税制改正の議論も「例外をどう設けるか」から、「全体としてどう整合性を取るか」へと重心が移りやすくなります。
資産価格上昇と相続税の関係は変わらない
シリーズを通じて確認してきたとおり、課税割合上昇の大きな背景には、地価上昇や株高があります。
相続税は財産評価額に基づいて課税される以上、資産価格の変動が税負担に直結する構造自体は変わりません。今後、景気や市場環境が変化すれば、課税対象者の範囲も再び動く可能性があります。
この点から見ると、相続税1割時代は「一時的な現象」ではなく、資産価格が高水準で推移する限り続く可能性のある局面と捉える方が現実的です。
不動産・自宅を巡る位置づけの変化
都市部を中心とした不動産評価の上昇は、相続税を身近な税にした最大の要因の一つです。
これまで暗黙の前提とされてきた「自宅はある程度守られる」という認識は、評価額の上昇により揺らいでいます。小規模宅地等の特例といった配慮は存在するものの、その要件や複雑さが、制度の分かりにくさにつながっている側面もあります。
相続税1割時代では、不動産、とりわけ自宅が「特別扱いされる存在」であり続けるのか、それとも他の資産と同様に整理されていくのかが、税制改正の重要な論点になります。
生前贈与は節税策からルールへ
生前贈与についても、相続税1割時代の中で位置づけが変わりつつあります。
生前贈与は、相続税を回避するための万能な手段ではなくなり、資産移転をどのように行わせたいのかという政策目的に沿って再設計されてきました。
相続税データで税収が高水準を維持していることは、生前贈与だけで相続税負担を大きく減らすことが難しい現実を示しています。今後も、生前贈与は「節税テクニック」ではなく、「資産移転のルール」として扱われる方向が続くと考えられます。
事業承継税制が示す政策判断の重み
事業承継税制は、相続税の中でも特に政策判断が色濃く反映される分野です。
納税猶予の規模が大きくなるほど、税収との関係や制度の持続可能性が問われます。一方で、事業承継問題が深刻化する中、税制が果たす役割を完全に否定することも現実的ではありません。
相続税1割時代では、事業承継税制もまた「なぜこの制度が必要なのか」「どこまで税制で支えるのか」を、より明確に説明することが求められます。
税制改正の議論で重視される視点
相続税1割時代における税制改正では、次のような視点がこれまで以上に重視されます。
第一に、制度の予見可能性です。課税対象が広がるほど、将来の見通しが立たない制度は受け入れられにくくなります。
第二に、制度の簡素さと公平性のバランスです。例外や特例が増えすぎれば、使える人と使えない人の差が拡大します。
第三に、税制の役割の明確化です。相続税で何を実現し、何は税制の外で対応するのかという整理が不可欠になります。
実務に求められる視点の変化
相続税が1割時代に入ったことで、実務に求められる視点も変わります。
相続税は「特別な人の話」ではなくなり、一定の資産を持つ家庭であれば、事前に考えておくべきテーマになりました。
個別の対策を積み上げるだけでなく、資産全体の構成、評価額の変動リスク、制度変更の可能性を含めて捉える視点が重要になります。
結論
相続税の課税割合が1割を超えたことは、相続税制が新しい局面に入ったことを示しています。
今後の税制改正は、単純な増税や減税ではなく、評価、資産移転、事業承継といった構造的な問題をどう整理するかが中心になります。
相続税1割時代とは、相続税がより多くの人にとって「現実的な制度」となった時代です。相続税データを丁寧に読み解くことは、制度の行方を考えるうえで、今後ますます重要になっていくでしょう。
参考
・国税庁「令和6年分 相続税の申告事績の概要」
・税のしるべ「相続税の課税割合が1割超に、地価上昇や株高などで」(2026年1月5日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
