2026年は昭和101年にあたります。
昭和という時代は、戦争の廃虚から立ち上がり、世界有数の経済大国にまで成長した日本の原点ともいえる時代です。一方で、その後の「失われた30年」を経て、私たちは長く将来像を描きにくい社会を生きてきました。
いま、人工知能(AI)の急速な進化によって、社会や働き方は再び大きな転換点に立っています。答えを瞬時に示すAIが身近になった時代に、人間は何を考え、どのような「夢」を描くべきなのでしょうか。
昭和101年という節目に、過去を振り返りながら、AI時代の人間の役割と、これからの人生の描き方について考えてみます。
昭和という時代が示すヒント
戦後の日本は、「追いつき追い越せ」という明確な目標のもとで走り続けてきました。復興から高度経済成長期にかけて、人々は豊かさを求め、昨日より今日、今日より明日をよくすることを信じて働いてきました。
この時代の特徴は、未来が完全に見えていたわけではないにもかかわらず、多くの人が「よりよい明日」を疑わなかった点にあります。目標は共有され、失敗も成長の過程として受け止められていました。
しかし、バブル崩壊後、社会は次の目標を見失います。安定や正解を重視する空気が強まり、失敗を避けることが優先されるようになりました。その中で育った世代が、将来に不安を抱きやすくなったのは自然な流れともいえます。
昭和の経験は、未来が不確実であっても、目標を描き、挑戦を続けること自体が社会を動かす力になることを教えています。
未来は予測できないからこそ描く
人生に備えて何をしておくべきか、という問いに対して、明確な正解はありません。むしろ、未来は誰にも正確には予測できないからこそ、人は想像し、仮説を立て、行動を重ねてきました。
約100年前、「百年後の日本」をテーマに多くの知識人が未来を語りました。そこでは当時としては空想に近い技術や社会像が語られていましたが、結果として実現したものも少なくありません。
重要なのは、予測が当たったかどうかではなく、未来を真剣に想像したことそのものです。笑われるかもしれない夢であっても、描くことが行動の起点になります。夢は完成された計画である必要はなく、変化していくものでも構わないのです。
AI時代に人間が担う役割
AIは膨大な情報を処理し、最適解らしき答えを提示します。しかし、どんな問いを立てるのか、どの答えを選ぶのかは、人間の側に委ねられています。
AIは道具であり、判断の主体ではありません。問いを立てる力、価値を選び取る力は、これからますます重要になります。その意味で、知識の量よりも、考える力や背景を理解する力が問われる時代に入ったといえるでしょう。
AIの進化とともに、哲学や倫理、歴史といったリベラルアーツが再評価されています。技術をどのように使うのか、誰のために使うのかを考えるには、人間そのものへの理解が欠かせないからです。
人間とAIが共存する社会では、「効率」や「利益」だけでなく、「人間にとって何が大切か」を問い続ける姿勢が社会の軸になります。
予期せぬ変化に備える力
これからの時代を生きるうえで重要なのは、変化に柔軟に対応する力です。そのために、日常の中で意識したい習慣がいくつかあります。
一つ目は、情報を読んで考える習慣です。ニュースや社会の動きを追いながら、その先にどんな変化が起こり得るのかを想像してみることが大切です。正解を探すのではなく、複数のシナリオを思い描くことが力になります。
二つ目は、自分で答えを出す経験を重ねることです。人に相談したり、AIを活用したりすること自体は問題ありません。ただし、最終的にどう考えるかを自分で決めることが重要です。その積み重ねが、人生の判断力を育てます。
さらに、世代や背景の異なる人と接する機会を持つことも有効です。社会との接点を増やすことで、自分の価値観を相対化し、現実的な視点を養うことができます。
結論
昭和101年という節目は、過去を懐かしむためのものではなく、未来を考えるための起点です。AIが身近な存在になったいま、人間に求められているのは、夢を描き、問いを立て、選び続ける力です。
未来は与えられるものではなく、自らの想像と行動によって形づくられていきます。AIを相棒にしながらも、人生の主役はあくまで人間自身です。
一人ひとりが描く小さなシナリオの積み重ねが、次の時代の社会をつくっていきます。昭和の若者たちがそうであったように、いまを生きる私たちの思考と行動も、未来への確かなエネルギーになるはずです。
参考
・日本経済新聞「池上彰の大岡山通信(385)昭和101年 時を創ろう」
・日本経済新聞 連載「超知能」
・戦後日本の高度経済成長に関する各種報道・論考
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

