判断能力低下に備える法的・実務的対策― そのとき慌てないために、今できること ―

FP
緑 赤 セミナー ブログアイキャッチ - 1

老後リスクとして、医療や介護と並んで見落とされやすいのが「判断能力の低下」です。
認知症や脳疾患などにより、ある日突然、重要な判断ができなくなる可能性は誰にでもあります。

社長や個人事業主の場合、この問題は個人の生活だけでなく、会社経営や事業承継、相続にまで直結します。
判断能力が低下した後では、できる対策が大きく制限されるため、元気なうちの備えが極めて重要です。

本稿では、判断能力低下に備えるための法的・実務的な対策を整理します。


判断能力低下がもたらす現実的な問題

判断能力が低下すると、次のようなことが難しくなります。

・金融機関での預金引き出しや解約
・不動産の売却や賃貸
・自社株の譲渡や役員変更
・遺言書の作成や変更

これらは、老後の生活資金の確保や事業承継に直結する行為です。
「判断能力がなくなってから考える」では遅く、法的にも実務的にも身動きが取れなくなる可能性があります。


成年後見制度の基本的な位置づけ

判断能力低下への代表的な制度として、成年後見制度があります。
成年後見制度は、判断能力が低下した人を保護するために、家庭裁判所が後見人を選任する仕組みです。

ただし、成年後見制度は「資産を守る」ことを目的とした制度であり、「積極的に活用する」ことには制約があります。
不動産の売却や資産運用、事業承継に関わる行為には、家庭裁判所の関与が必要になる場面が多く、柔軟性には欠けます。


社長・個人事業主にとっての成年後見の注意点

社長や個人事業主が成年後見制度を利用すると、次のような影響が生じる可能性があります。

・会社の重要な意思決定が迅速に行えなくなる
・自社株の移転や承継が事実上ストップする
・後見人の判断が経営の現場感覚と合わない

成年後見制度は、最終的なセーフティネットとしては重要ですが、事前対策の主軸に据える制度ではありません。


任意後見契約という選択肢

判断能力があるうちにできる対策として、任意後見契約があります。
任意後見契約は、将来判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめ後見人となる人と契約を結んでおく仕組みです。

自分で後見人を選べる点や、契約内容を柔軟に設計できる点は大きな利点です。
ただし、任意後見も発効後は家庭裁判所の関与を受けるため、万能ではありません。


財産管理委任契約・家族信託という実務的対策

判断能力低下への備えとして、近年実務で活用されることが増えているのが、財産管理委任契約や家族信託です。

財産管理委任契約は、判断能力がある段階から、信頼できる家族などに財産管理を任せる契約です。
判断能力低下の「手前」から機能させられる点が特徴です。

家族信託は、特定の財産について管理・処分権限を家族に託す仕組みであり、資産の凍結を防ぐ手段として有効です。
不動産や自社株を信託財産とすることで、判断能力低下後も一定の管理・承継が可能になります。


事業承継との関係で重要な視点

判断能力低下への対策は、事業承継と密接に関係します。
後継者が決まっていても、判断能力が低下してからでは、自社株の移転や役員変更ができなくなる可能性があります。

そのため、事業承継の方向性は、判断能力が十分にあるうちに明確にしておく必要があります。
法的手続きだけでなく、経営権の段階的な移行も実務的な対策として有効です。


老後資金との切り分けが鍵

判断能力低下への備えを考える際、老後資金との切り分けが重要になります。
医療・介護費用や生活費を賄う流動資産が十分に確保されていれば、判断能力低下後に無理な資産処分を避けられます。

新NISAや預貯金など、比較的管理しやすい資産で老後費用を賄う構造を作ることが、法的対策の実効性を高めます。


家族との共有が最大の実務対策

制度や契約以上に重要なのが、家族との共有です。
誰に何を任せるのか、どの資産をどう扱うのかを、事前に話し合っておくことで、トラブルを大幅に減らせます。

社長・個人事業主の場合、家族が会社経営や資産構成を把握していないケースも多く、判断能力低下後に混乱が生じやすくなります。


結論

判断能力低下への備えは、老後対策・事業承継・相続対策の交差点にあります。
成年後見制度だけに頼るのではなく、任意後見、財産管理委任、家族信託などを組み合わせ、元気なうちから段階的に備えることが重要です。

社長・個人事業主にとって最大のリスクは、「判断できなくなった瞬間に、すべてが止まること」です。
その事態を避けるためにも、法的・実務的な対策を早めに講じておくことが、家族と会社の双方を守る現実的な選択といえるでしょう。


参考

・日本経済新聞「新NISA、2年目は7%増の12兆円 資産形成、インフレで拡大」(2025年12月30日朝刊)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

タイトルとURLをコピーしました