上場企業の役員報酬は資本効率や株式報酬など高度な仕組みが導入されています。一方で、圧倒的多数を占める中小企業では、役員報酬は「税務」と「経営」を両立させる実務が中心となります。
役員報酬は法人税の節税や資金繰りを左右するだけでなく、法人と役員個人のキャッシュフローにも直結します。適切な金額の設定、税務ルールの理解、経営計画との整合性が重要です。
本稿では、中小企業における役員報酬の基本、税務上の注意点、経営上のポイントを分かりやすく整理します。
1. 役員報酬の3つの支給方法(税務の基本)
中小企業が役員に支払う報酬には、法人税法上3つのルールがあります。これを外すと「損金不算入(経費にできない)」となり、税負担が大きく増えてしまいます。
(1)定期同額給与
毎月同じ金額で支払う役員報酬。
最も一般的で、変更は事業年度開始から3カ月以内などのルールがあります。
(2)事前確定届出給与
賞与の金額・支給日を事前に税務署へ届け出ておく制度。
- 事前届出が必要
- 金額を後から変えるとアウト
- 運用のハードルは高め
(3)業績連動給与
上場企業向けで、中小企業ではほとんど使われない制度。
報酬計算基準の公開が必要なため、実務では事実上利用不可に近い仕組みです。
中小企業の実務では、ほぼ
「定期同額給与」+「事前確定届出給与(役員賞与)」
の組み合わせで運用されます。
2. 役員報酬の金額はどう決めるか ― 税務と資金繰りの両立
中小企業にとって、役員報酬の金額決定は「税務」「資金繰り」「経営」のバランスが重要です。
■ 税務の視点
役員報酬は法人の経費になりますが、役員個人には所得税がかかります。
- 法人税率(約23%)
- 個人の所得税・住民税(累進課税:最大55%)
つまり、
法人と役員個人のどちらで納税するのが効率的か
という点が判断材料になります。
■ 経営の視点
- 法人の手許資金を厚くしたいなら役員報酬を抑える
- 個人のお金を厚くしたいなら役員報酬を増やす
■ 銀行融資の視点
役員報酬を低くしすぎると、「生活できるか?」という疑問から、銀行が返済能力を不安視するケースもあります。
■ 最適なバランス
一般的には、
「法人の利益目標」「役員個人の生活費」「資金繰り」「融資条件」
の4点から総合的に決めます。
3. 節税目的で役員報酬を下げすぎると危険
中小企業では「法人税が高いから役員報酬を多くして利益を圧縮しよう」と考えがちですが、これは非常に危険です。
■ 個人の税率が高い
所得税は累進で、900万円を超えると税率が急増します。
個人の税率のほうが法人税率より高いケースが多く、「法人で税金を払ったほうが得」という状況が生まれます。
■ 社会保険料の負担増
役員報酬が高いほど、
- 健康保険料
- 厚生年金保険料
- 介護保険料(40歳以上)
が増えます。
実質的に手取りが大きく減ることがあります。
■ 老後資金とのバランス
厚生年金を増やす目的で報酬を上げるケースがありますが、短期的な負担増をどう許容するかの検討も必要です。
4. 役員報酬を変更する実務 ― 「期首3カ月ルール」
定期同額給与は、
事業年度開始から3カ月以内
に変更しなければ、原則その年度は変更できません。
このルールを守らずに変更すると、
「その年度の増加部分がすべて損金不算入」になり、法人税負担が急増します。
変更が認められる例外
- 業績悪化による減額
- 役員の地位変更(昇格・降格)
- 合併・事業譲渡など組織再編
しかし、税務署が厳しく判断するため、慎重な運用が必要です。
5. 役員報酬と「法人と個人のお金の流れ」
役員報酬は、法人と個人の資金の行き来を決める最も重要なポイントです。
■ 役員報酬を増やす
→ 個人(社長)の生活や資産形成は豊かになる
→ 法人の資金力は弱まる
■ 役員報酬を抑える
→ 法人に資金が残り、投資・運転資金が安定
→ 個人の税負担は下がり、手取りは減る可能性
この「法人と個人の二重構造」を理解して設計することが、健全な資金繰りにつながります。
6. 中小企業における“ガバナンス”視点の重要性
中小企業ではガバナンスと聞くと「大企業の話」と思われがちですが、実は極めて重要です。
■ 家族経営ほど“透明性”が求められる
- 役員報酬が恣意的
- 名義だけの役員
- 親族間の不公平感
こうした課題は、後継者問題・事業承継にも直結します。
■ 給与の決定プロセスを文書化する
- 役員会議事録
- 給与決定の根拠
- 業績に応じた方針
これらを整理しておくと、金融機関・税務署からの信頼が高まります。
結論
中小企業の役員報酬は、単なる給与の話ではありません。
法人税・社会保険料・資金繰り・銀行融資・家族関係・事業承継のすべてに影響する重要な経営判断です。
最適解は「税務」「経営」「資金繰り」をバランスさせること。
節税だけに偏るのではなく、
・法人の成長
・役員個人の生活設計
・将来の事業承継
・金融機関の評価
といった複数の視点から総合的に検討することが求められます。
役員報酬を正しく設計することは、中小企業の持続的な成長を支える大きな力になるでしょう。
出典
・中小企業庁「中小企業の会計・税務」資料
・国税庁「法人税基本通達」
・日本経済新聞(中小企業経営・資金繰り関連記事)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
