第6回 短期と長期をどう評価するか ― KPI設計の実務

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役員報酬制度を設計するうえで最も難しいのが、短期(STI)と長期(LTI)の評価バランスです。
短期業績に偏ると目先の利益を追いがちになり、長期視点が欠けてしまいます。一方、長期のみを評価すると、短期の改善努力が弱まり、経営のスピードが落ちる可能性があります。
そこで必要なのが、企業戦略に合った「KPI(重要業績評価指標)」をどう設定するかという視点です。本稿では、KPI設計の基本、短期と長期の評価バランス、実務でのポイントについて分かりやすくまとめます。

1. KPI設計の基本 ― “評価は戦略から始まる”

役員報酬とKPIの関係を整理すると重要な原則があります。

「報酬は、企業が何を重視しているかを示すメッセージ」

つまり、KPIは企業戦略と連動して設定されるべきです。
たとえば、成長重視の企業と安定重視の企業では、採用すべきKPIが異なります。

KPI設計の基本ステップ

  1. 中期経営計画(中計)の重点領域を確認
  2. 企業価値向上に直結する指標を候補化
  3. 財務指標・非財務指標のバランスを検討
  4. 達成難易度・測定可能性を確認
  5. 社外取締役を含め報酬委員会で承認

このプロセスを踏むことで、評価の透明性と納得感が生まれます。


2. 短期(STI)のKPI ― “1年単位の業績を見る”

短期インセンティブ(STI)には、1年間で改善できる項目が採用されます。
典型的なKPIは以下の通りです。

■ 財務指標

  • 営業利益
  • 事業利益
  • 売上高
  • 営業キャッシュフロー
  • 当期純利益

多くの企業で「営業利益」と「事業利益」が使われており、経営改善の努力が反映されやすい点が理由です。

■ 資本効率関連(短期版)

  • 短期ROIC
  • 運転資本回転率の改善
  • 在庫回転日数

BSに対する意識を高める目的で導入が増えています。

■ 非財務指標

  • 安全対策(事故率)
  • 品質管理(不良率)
  • 顧客満足度(NPS)
  • 内部統制・リスク管理
  • ESG関連の短期施策

特に製造業やインフラ系企業で重要視される指標です。


3. 長期(LTI)のKPI ― “2〜5年の価値創造を見る”

長期インセンティブ(LTI)では、企業価値の向上につながる指標が採用されます。

■ 長期ROIC

最も重視されている指標のひとつ。
投下資本の効率性を中長期で改善することを促します。

■ ROE(株主資本利益率)

株主視点の長期収益性を測る指標として根強く採用されています。

■ TSR(株主総利回り)

株価上昇+配当を含めた総合的な株主リターンで、欧米では主流です。

■ EPS(1株当たり利益)の成長率

収益成長の持続性を評価できます。

■ ESG・人的資本関連の長期KPI

  • CO₂排出量削減
  • 女性管理職比率
  • E(環境)・S(社会)・G(ガバナンス)指標
  • 人材育成施策の達成度

企業の持続性を高める観点から重要性が上昇しています。


4. 短期と長期をどう組み合わせるか ― 実務的な比率

報酬制度では、次のような比率が多く採用されています。

■ STI:LTI = 50:50(欧米型)

長期重視。企業価値創造に強いインセンティブ。

■ STI:LTI = 60:40(日本の大型企業)

短期も重視しつつ、長期にも一定のウエイト。

■ STI:LTI = 70:30(中堅企業)

短期指標の比率が高く、長期の仕組みは株式報酬で補完。

企業の成熟度や業界によって適正なバランスは異なりますが、近年は
「長期評価の比率を増やす流れ」
が強まっています。


5. KPI設計の注意点 ― “数字の操作リスク”を避ける

KPI設計の際には、以下のリスクに注意する必要があります。

(1)達成しやすい指標に偏る

経営陣の自己利益に偏る危険性があります。

(2)財務指標に偏りすぎる

短期利益偏重となり、長期的な企業価値創造が損なわれます。

(3)自社株買いなどで数値が改善してしまう

EPS・ROEは財務操作の影響を受けやすいため、慎重な運用が必要です。

(4)社内に説明できない指標は機能しない

KPIの背景や意味を社内に説明し、理解を得ることが重要です。

(5)外部環境要因(為替・原材料価格)への過度な依存

業績が外的環境に左右されやすい企業は、補正ルールが必要です。

透明で納得感のあるKPIが、経営と投資家の信頼をつなぐ基盤になります。


6. KPI設計の最新トレンド

近年は、以下のような新しい設計トレンドが広がっています。

■ ROIC中心の“資本効率型KPI”

ROICの採用は明確に増加しており、中計や報酬制度の中心に位置づける企業が増えています。

■ 非財務KPIの併用

ESGや人的資本指標を報酬に組み込む動きが加速しています。

■ 中計目標と報酬制度の完全連動

「戦略→中計→KPI→報酬」の一貫性を重視する設計が主流に。

■ PSU(パフォーマンス株式)による長期評価

株式報酬の中でも、PSU採用企業が急増。

これらはすべて、
“持続的な企業価値向上”
を目的にしています。


結論

短期と長期のKPIをどう設計するかは、企業の経営姿勢を最も鮮明に反映するポイントです。
短期だけでは目先の利益に偏り、長期だけでは日々の改善が止まってしまいます。
重要なのは、企業の戦略に合ったKPIを選び、バランスよく評価し、透明性の高いプロセスで運用することです。

今後の日本企業は、短期利益だけではなく、ROIC・TSR・ESGなどの長期的な価値創造指標を組み合わせる流れがさらに強まるでしょう。
役員報酬のKPIを読み解くことは、その企業がどの方向に進もうとしているのかを理解する上での重要な手がかりになります。


出典

・企業開示資料(報酬制度・KPI開示)
・コーポレートガバナンス・コード
・日本経済新聞(役員報酬・ガバナンス関連記事)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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