役員報酬における業績指標は、企業の経営姿勢を映す「鏡」のような存在です。
従来はROE(自己資本利益率)やEPS(一株当たり利益)が広く使われてきましたが、近年はROIC(投下資本利益率)へと重心が移りつつあります。
企業にとって指標選びは「経営者をどの方向に導くか」を左右する重要な意思決定です。本稿では、ROE・EPSとROICの違いを整理し、それぞれのメリットと注意点を分かりやすく解説します。
1. ROEとは何か ― “株主資本の収益性”を見る指標
ROE(Return on Equity)は、株主から預かった自己資本を使ってどれだけ利益を生み出したかを示す指標です。
ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本
日本企業のガバナンス改革において重要視されてきた指標であり、株主リターンに近い概念として投資家にも定着しています。
【ROEのメリット】
- 株主視点に近い
- 利益率・効率性を把握しやすい
- 国際比較に使いやすい
【ROEの課題】
- 負債を増やすと“見かけ上”改善する
→ 自己資本が減るため数値が上昇しやすい - 事業実態より財務構造に影響される
- 長期ではなく短期の利益に偏りやすい
財務レバレッジの影響が大きい点が、ROEのみを使う際の最大の注意点です。
2. EPSとは何か ― “1株あたりの利益”を見る指標
EPS(Earnings Per Share)は、企業が株主1人にどれだけ利益を生み出したかを示す指標です。
EPS = 当期純利益 ÷ 発行株式数
株式市場においては最も分かりやすい収益指標のひとつです。
【EPSのメリット】
- 株主にとって直感的
- 株価との相関が高い
- 短期インセンティブに組み込みやすい
【EPSの課題】
- 自社株買いを行うとEPSが上昇する
→ 実体業績が変わらなくても報酬が増える可能性 - 短期利益偏重になりやすい
- 資本効率を把握しにくい
EPSは「利益の絶対量」を評価するには良いものの、「資本の使い方」までは評価できません。
3. ROICとは何か ― “事業に投じた資本すべて”の効率を測る指標
ROIC(Return on Invested Capital)は、事業に投じた総資本(自己資本+有利子負債)をどれだけ効率的に運用して利益を出したかを見る指標です。
ROIC = NOPAT(税引後営業利益) ÷ 投下資本
従来のROEやEPSでは把握しきれなかった「資本効率」を評価する点が特徴です。
【ROICのメリット】
- 借入・株主資本に依らず事業実態を把握できる
- 事業ごとの投下資本効率を比較できる
- 過剰投資の抑制に効果的
- PLとBSの両方を意識した経営を促す
- 資本コストと比較しやすい
【ROICの課題】
- 計算がやや複雑で一般投資家には理解しにくい
- 会計基準によって投下資本の算定に揺らぎが出やすい
- 改善には複数年かかるため短期報酬にはやや不向き
総合的には、長期的な企業価値創造に最も適した指標と言えるでしょう。
4. 「ROIC vs ROE vs EPS」徹底比較
それぞれの特徴を整理すると次のようにまとめられます。
| 指標 | 目的 | 評価対象 | 強み | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| ROE | 株主資本の収益性 | 自己資本 | 株主視点・国際指標 | 负債で改善する/短期化 |
| EPS | 1株当たり利益 | 当期純利益 | 分かりやすく株価に連動 | 自社株買いで操作可能 |
| ROIC | 投下資本効率 | 自己資本+負債 | 資本効率を正確に測定 | 集計がやや複雑 |
この比較から分かるように、
ROE・EPSは「利益額」を見る指標、
ROICは「資本の効率」を見る指標と言えます。
投資家や東証の要請により、
“効率の良い企業が評価される時代”
へと移りつつあるため、ROICの重要性が高まっています。
5. なぜ企業は報酬指標をROICに切り替えているのか
役員報酬のKPIとしてROICが選ばれている背景には、以下のような実務的メリットがあります。
■ 経営の「質」が改善する
過大投資の抑制、事業撤退判断、資産売却など、資本効率に基づく経営が進みやすくなります。
■ 借入や財務テクニックによる数値操作が起きにくい
ROICは財務レバレッジの影響を受けにくいため、より公正な指標として機能します。
■ 投資家の評価が高く、株価にも好影響
投資家はROICを重視しており、ROICを報酬指標に採用する企業はガバナンス面で評価されます。
■ 事業単位の管理が向上する
多くの企業が中計にROICを掲げるようになっており、経営管理の中核指標として扱いやすくなっています。
ROICは“経営の筋肉質化”を促す指標であるため、報酬制度との相性が非常に良いのです。
結論
ROE・EPSは株主リターンを測る上で有用な指標ですが、資本効率や事業の実態を正確に把握するには限界があります。
一方、ROICは「事業に投じた資本をどれだけ増やしたか」を評価でき、経営の質を高める仕組みとして評価が高まっています。
日本企業がROIC連動報酬を採用し始めているのは、資本効率やガバナンスを重視する世界的な流れを踏まえた自然な変化といえるでしょう。
役員報酬がどの指標に連動するのかは、その企業の経営姿勢を読み解く重要なヒントになります。
次回は、株式報酬が広がる背景と、ストックオプションやRSU(譲渡制限付株式)などの仕組みを詳しく解説します。
出典
・企業開示資料(報酬決定方針・KPI開示)
・コーポレートガバナンス・コード
・日本経済新聞(役員報酬・ガバナンス・ROIC関連記事)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
