AIと雇用のシリーズ(第1〜8回)では、AIが働き方に与える長期的な変化を多角的に整理してきました。本補足記事では、実際に生成AIを積極導入している企業の声と、労働経済の専門家の見解を組み合わせ、より“現場に近いAI時代のリアル”を紹介します。
この記事では、以下の3者の最新の議論を踏まえて、企業の取り組み・雇用への影響・人材戦略・政策の課題をさらに補完します。
- TOPPANデジタル(TOPPANホールディングス子会社)
- 塩野義製薬(AI活用の先行企業)
- 慶應義塾大学 山本勲教授(労働市場の専門家)
シリーズ本編の内容をより深く理解できる“実践編”としてお読みいただけます。
1. 企業現場では「AI起点の業務改革」が加速している
TOPPANデジタルでは、2024年から「AIを前提に仕事全体を見直す」全社プロジェクトを開始しています。
- DX人材を2026年までに6000人育成
- 社内アンケートで1072件のAI活用アイデアが集まる
- 現在は220テーマに絞り、経営の意思決定支援から製造ラインまで導入を進めている
象徴的なのは「AIの導入」ではなく、AIを起点に“オペレーション自体を再設計する”姿勢です。
AIエージェントの開発も11領域に広がり、パッケージ製造の仕様書作成、設備稼働監視、画像検品、納期予測など、多層的にAI化が進んでいます。
企業のメッセージ
AIは人を削減する目的ではなく、
「人が介在すべき領域に集中させるためのインフラ」
として位置づけられています。
これはシリーズ第4回・第5回の主張(AIはタスクを再編する技術である)を裏づける事例です。
2. 塩野義製薬では“社内人員の3割〜5割をAIで代替可能”という試算
研究開発や臨床試験など膨大な文書業務を抱える塩野義製薬は、AI導入で大幅な効率化が見込めるとしています。
- 文献調査
- 臨床試験の計画書作成
- 各種申請書類の草案
- メール返信など日次業務
これらを積み上げると、
「5年以内に社内人員の3割がAIで代替可能」
5割まで高まる可能性もある、という大胆な試算も提示されました。
しかし、ここで重要なのは「人が不要になる」という話ではなく、人材の再配置とスキル再構築を同時に進めている点です。
- データサイエンス部を設置し、AIを使いこなす人材を計画的に育成
- 自己投資支援制度を拡大し、年間30万円まで学習支援
- 専門性の高い職の処遇を引き上げ、“専門家キャリア”を後押し
つまり、AI導入が進むほど、
人材に対しては逆に「投資を増やす」方向に向かっている
ということです。
3. 企業の共通点:AIは「人を増やすところ」と「減らすところ」を明確にする
TOPPANも塩野義も、AIによって削減される業務がある一方、
新しく人を厚く配置すべき領域も明確にしています。
- 海外事業やグローバル開発の橋渡し
- 顧客理解を深める営業DX
- 研究開発の創造領域
- 人事制度策定や人的資本開示への対応
AIが単純業務を担うことで、
「人間が注力すべき領域に戦略的に人を動かせる」
という考え方が共通しています。
シリーズ第3回・第4回で述べた
「AIは仕事を消すのではなく“仕事の中身”を変える」
という構造そのものです。
4. 山本教授:AIショックは“高スキル層”にも波及する可能性
慶應大学の山本勲教授は、AIの雇用影響について大きく3点を指摘しています。
(1)人手不足への“プラス効果”は確実
IT技術者不足など、補填される部分は大きい。
(2)AIは“低スキルの代替”にとどまらない
生成AIの発達で、デザインなど高度な専門領域にも影響が及び始めている。
(3)非正規労働者への影響は特に大きい
正社員は再配置で救われるが、非正規は職の喪失がダイレクトに響く。
リスキリング支援は政府が主導すべきだと警鐘を鳴らします。
これはシリーズ第6回(景気・政策との相互作用)で述べた
「社会全体のセーフティネットがAI時代に重要になる」
という論点を補強する内容です。
5. AIを使いこなす人材ほど“活躍の幅が広がる”
3者に共通するメッセージは次の一点です。
AIを使う側になることが、AI時代のキャリアの絶対条件である。
- 普段からAIを業務に取り入れる
- AIの限界も理解した上で使い分ける
- 新たに発生するタスクへ自ら移行する
- 「AI+人」の掛け算で価値を生む
これはシリーズ第7回(個人のスキル戦略)と完全に一致しています。
AIは「敵」ではなく、
使いこなすことで自分の仕事を広げるパートナーです。
■ 結論
TOPPAN・塩野義製薬・山本教授の最新の分析を踏まえると、
AI時代の雇用について次の3つの結論が見えてきます。
1. 企業は“AI前提の業務再設計”に動き始めている
AIは単に効率化の道具ではなく、
仕事の流れそのものを再構築するトリガーになっています。
2. AIで減らす領域と、人を厚くする領域が分かれ始めている
新たに生まれる仕事、AIでは代替しにくい仕事は確実に存在し、
そこに人材を集中させる動きが始まっています。
3. AI時代の“最大の弱者”は非正規労働者であり、政策対応が不可欠
再配置が効かない層へのリスキリング支援は、
社会の安定のためにも急務です。
AIは雇用を壊す技術ではなく、
雇用の構造を変え、人とAIの分業を最適化する技術です。
日本社会全体が、
- 企業の改革
- 個人の学び直し
- 政府のセーフティネット
この三位一体で変化を受け止めることができれば、
AI時代は“雇用の危機”ではなく “生産性向上と働き方進化の時代” になります。
■ 出典
- 日本経済新聞(2025年11月)
「AIで業務代替 日本はどうなる」
「使いこなす人材」
「学び直し支援、非正規も必要」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
