税務調査と聞くと、「突然税務署が来る」「ランダムに調査が入る」というイメージがあるかもしれません。しかし実際には、調査の対象となる事業者は無作為に選ばれているわけではありません。
税務署では膨大な申告データや取引情報を分析し、「どの事業者を優先して調査すべきか」を慎重に判断しています。
近年、この判断にAI(人工知能)や高度なデータ分析が導入されつつあります。
本稿では、税務調査の“裏側”でAIがどのように使われているのか、そして今後どのように進化していくのかを、一般の方にもわかりやすく解説します。
1.税務調査は「選定」から始まる
税務調査の現場では、何よりもまず「どの事業者への調査が必要か」を判断する作業が重要です。これを「調査選定」と呼びます。
調査選定では、次のような情報が分析されます。
- 申告書の数値の変動
- 過去の調査履歴
- 業種ごとの利益率や経費構造
- 経営状況の急激な変化
- 無申告・申告漏れの可能性
- 類似業種との比較
この分析は従来、職員の経験や専門知識が中心でしたが、データ量が増えるにつれて人の処理能力を超えるようになりました。ここにAIの導入が進んでいます。
2.AIが得意とする「異常値の検知」
AIの最大の強みは、大量のデータから“違和感”を素早く見つける能力です。
例えば、以下のようなケースを自動で抽出できます。
- 同業他社と比べて売上が極端に低い
- 経費の構造が突然大きく変化した
- インボイス制度で届く仕入明細と申告内容が一致しない
- 取引先のデータと申告書の数字が矛盾している
- 過去の申告傾向と大きく異なるパターンがある
こうした「異常値」「不自然な動き」は、職員がすべて手作業で探すには限界があります。
AIは大量のデータを高速で分析できるため、選定の精度を高める大きな武器となっています。
3.インボイス制度とAIの相性は抜群
2023年に始まったインボイス制度により、企業間でやり取りされる仕入情報が電子データとして蓄積されるようになりました。これにより、AIが活用できるデータの量と精度が大幅に向上しています。
AIが今後活用できる主な領域は次のとおりです。
- 売上と仕入の比率の異常検知
- 業種別の標準値と比較した利幅の分析
- 関連会社間の取引パターンの分析
- 仕入先のインボイス番号との照合
- 同一住所・同一口座の複数企業の検知
データがデジタルでつながるほど、AIはより正確に“違和感”を発見できます。
税務調査は、これまでの「紙ベースの確認作業」から、より高度でデータドリブンな領域へと移行しています。
4.AIが示す「調査すべき可能性」はあくまで“補助”
ここで重要なのは、「AIが調査対象を決めているわけではない」という点です。
AIが行っているのは、あくまで膨大なデータの中から“注意が必要な可能性”がある事業者を抽出するところまでです。
最終的に調査対象を決定するのは、人間の職員です。職員は下記のような点も含めて総合判断します。
- 業界特有の事情
- 地域性・季節性
- 個別の経営状況
- 最近の取引慣行
- AIが捉えられない要素(現場感覚)
つまり、AIは「レーダー(探索)担当」であり、調査官は「判断と対話のプロフェッショナル」です。
役割分担が進むことで、調査対象の選定がより迅速・正確になり、無用な調査を避けることにもつながります。
5.デジタルインボイス普及で“リアルタイム税務”へ
今後、電子インボイス(デジタルインボイス)が広がれば、AIの分析はさらに進化します。
- 取引情報がリアルタイムで税務当局に届く
- 売上・仕入・経費の動きが即座に可視化される
- 異常な動きが早期に把握できる
- 調査の着手が早くなる
- 後日の長時間調査が減る
税務の世界は、これまでの「事後的にチェックする」スタイルから、「リアルタイムで確認する」スタイルへシフトし始めています。
6.納税者側に求められる意識の変化
AI導入で調査選定の精度が高まると、次のような変化が起きます。
- 過度に疑われるケースが減る
- データの整合性が重要になる
- 誤った入力・ミスが見つかりやすくなる
- 書類を出せば良い時代から「データで説明する」時代へ
- 税務リスク管理の重要性が高まる
特に中小企業では、「帳簿を付けておけば良い」から「帳簿・証憑・システムの整合性を保つ」ことが求められる時代へと移行しています。
結論
税務調査の現場では、目に見えないところでAIの活用が進んでいます。
AIは大量データの分析を得意としますが、調査官の判断や対話力を代替するものではありません。
- AI:異常値の検知、データ分析
- 人間:判断・対話・背景理解
- デジタルインボイスでデータ連携が加速
- 調査選定の精度は今後さらに向上
“AI×税務調査”は、納税者にとっても行政にとっても、無用な負担を減らし、透明性の高い税務運営につながる大きな変化と言えます。
次回は、AIが「納税者サービス」をどう変えるかを解説します。
出典
- 国税庁「税務行政のデジタル・トランスフォーメーションに関する資料」
- 国税庁「インボイス制度関連資料」
- 公表されている税務調査実務に関する行政資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
