後継者がどれほど優れた人物であっても、経営は一人では担えません。会社の成長を支えるのは経営者一人の力量ではなく、「チームとしての経営力」です。特に中小企業では、先代経営者が長年の勘やネットワークで様々な経営課題を解決してきた結果、社長一人に権限と情報が集中しているケースが少なくありません。しかし、それをそのまま後継者に引き継ごうとすると、負担が大きすぎるため、後継者が潰れてしまう危険もあります。
本稿では、「後継者を中心とした次世代経営チームの構築」という視点から、承継の成功に欠かせないポイントを解説します。また、権限移譲を段階的に進める方法についても、実務で使える形で整理していきます。
1. ワンマン経営のままでは事業承継が失敗する
中小企業では、創業者や長年の社長が「社長=会社」という状態で経営していることがよくあります。いわゆるワンマン経営ですが、この体制には長所もあります。
- 判断が早い
- 社長の意向で即行動できる
- 経験と人脈が強みになる
しかし、事業承継の場面では「最大の弱点」になります。
理由は明確で、後継者は先代と同じ力・人脈・経験を持っていないからです。
ワンマン経営の会社で後継者が社長に就いた場合、次のような事態が起きやすくなります。
- 社員が後継者を信用せず動かない
- 幹部が自分の部署だけを守り始める
- 組織がバラバラになり責任の所在が曖昧になる
- 後継者が判断を誤り、混乱が発生する
- 社内外から「会社が弱体化した」と見られる
これらの状況は、会社にとって致命的なリスクです。
だからこそ、後継者にすべてを背負わせるのではなく、
後継者を中心とした「次世代経営チーム」を構築すること
が必須になります。
2. 次世代経営チームに必要なメンバーとは
次世代経営チームとは、後継者を含む「今後の会社を任せられる幹部候補」の集合体です。構成は会社の規模や業種によってさまざまですが、一般的には次の役割を担う人物が含まれます。
- 営業責任者(売上の柱)
- 管理部門責任者(財務・総務・人事)
- 現場責任者(製造・サービス・店舗など)
- 若手リーダー候補
- 後継者の参謀となる右腕役
このチームに求められるのは「後継者を支えながら経営を担っていく覚悟」です。
後継者と次世代幹部が連携すれば、後継者一人では解決できない課題も乗り越えられます。
3. 次世代幹部を育成するための実務的なステップ
次世代経営チームの育成には、次のような具体的ステップを踏むことが有効です。
【ステップ1:現幹部の棚卸し】
- それぞれの強み・弱み
- 部門の現状
- 後継者との相性
- 次世代にふさわしいかの判断
ここで、誰を次世代幹部候補にするかを見極めます。
【ステップ2:適材適所の配置】
適切な人材を適切な役割に配置することが、組織の安定性を高めます。役割が曖昧なままでは次世代経営チームは機能しません。
【ステップ3:幹部研修・マネジメント教育】
- 部門管理
- 採用・評価
- 数値管理
- コミュニケーション
- 問題解決力
これらは幹部に不可欠な要素です。
【ステップ4:後継者を中心とした会議体の設置】
後継者が主体的に経営判断に参加する場をつくり、幹部が協力して意思決定を支える体制を整えます。
4. 権限移譲は「段階的に・計画的に」行う
権限移譲は後継者育成の核心部分です。しかし、いきなり「全部任せる」ことは危険であり、段階的に進める必要があります。
一般的な権限移譲のステップは次の通りです。
【ステップ1:日常業務の決裁】
経費精算や備品購入など、日常的な小さな意思決定を任せます。
【ステップ2:部門責任者としての判断】
売上管理、部門内の人事、取引先対応など、一定の責任を持つ業務を任せます。
【ステップ3:全社横断のプロジェクト責任者】
新規事業や改善プロジェクトなど、複数部署が絡む業務を担当させます。
【ステップ4:主要取引先・金融機関との折衝】
会社の信用に関わる重要な関係を後継者に引き継ぎます。先代が一緒に同行し、引継ぎを丁寧に行うことが大切です。
【ステップ5:最終的な経営判断と責任】
最終段階では、大きな意思決定を後継者が行い、先代は“見守る役”に徹します。
権限移譲は、
「任せて失敗させて学ばせる」→「必要な時だけサポートする」
という姿勢が重要です。
5. 社内の理解を得るためには「先代の支援」が不可欠
後継者がどれだけ優秀でも、社内での信頼は「自然に得られるもの」ではありません。特に、古参社員や幹部は先代に強い忠誠心を持っているケースが多いため、後継者が権威を確立するには次の対応が必要です。
- 先代が後継者を公に支持する
- 会議や行事で後継者の立場を明確に示す
- 主要取引先に「次の社長」として紹介する
- 幹部に対し、後継者を支える役割を伝える
先代の言葉は組織にとって非常に大きな力を持ちます。
先代が後継者を全面的に支援する姿勢を示すことで、社内外の理解が一気に進み、承継がスムーズになります。
6. 後継者と次世代経営チームが協働すると会社が強くなる
次世代経営チームが機能すると、会社は次のように強くなります。
- 後継者が重圧から解放され判断が安定する
- 経営の意思決定が早くなる
- 社員が方向性を理解しやすくなる
- 部門同士の連携が良くなる
- 組織全体に一体感が生まれる
「後継者一人が頑張る会社」ではなく、
「チームで未来をつくる会社」
に変わることで、事業承継後の揺れを最小限に抑え、持続的な成長を実現できます。
結論
事業承継は後継者一人に任せるものではなく、組織全体で取り組むべきテーマです。後継者の周囲に次世代のリーダーが育ち、権限移譲が計画的に行われる会社は、承継後に強い安定感を持ちます。次世代経営チームを構築することは、後継者本人の成長を支えるだけでなく、組織全体を強化し、未来の経営を担う土台をつくることにつながります。
次回は「社内制度・規程のアップデートはなぜ必要なのか」をテーマに、事業承継とガバナンスの関係を詳しく解説します。
出典
・日本経済新聞「事業承継の本質は経営承継にあり」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
