【第1回】事業承継の本質は“経営の承継”である

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事業承継という言葉を耳にすると、多くの方がまず思い浮かべるのは「税務対策」ではないでしょうか。自社株の評価額が高い人や、納税資金の準備に不安を感じる経営者であればなおさら、税金の問題を最優先に考えてしまいがちです。実際、専門家が開催するセミナーや解説書でも、株価対策や納税資金対策は必ずといってよいほど取り上げられます。

しかし、事業承継は税金を支払えたら終わりという単純な話ではありません。会社が家業であれ、地域の中核企業であれ、そこで働く従業員がいる以上、事業承継は「会社の未来に責任を持つ取り組み」です。株を渡すだけでは経営は引き継げませんし、後継者が経営できる体制が整っていなければ、たとえどれほど優れた税務対策を講じても会社は継続できません。

本シリーズでは、事業承継の本質を「経営の承継」という観点から捉え、中小企業が未来へバトンを渡すために何を準備すべきかを全5回で解説していきます。第1回となる今回は、事業承継の入口として「なぜ税務対策だけでは不十分なのか」「経営承継とは何か」を整理します。

1. 事業承継は「株の承継」ではなく「経営の承継」

事業承継という言葉は非常に広い概念であり、「株式」「経営権」「知識」「経験」「信用」「人間関係」など多くの要素から構成されます。税務はその中の一つにすぎませんが、数字として表れやすいため注目を集めがちです。

しかし、会社の本質は株式ではなく「経営活動」です。どれほど税務対策に万全を期しても、後継者が金融機関と話せない、社員との信頼関係が築けていない、経営戦略の立て方が分からないという状態であれば、会社は立ち行かなくなります。
逆に、多少税負担が生じても、後継者がしっかり育ち、組織がついてくる体制であれば事業は継続できます。

つまり事業承継の核心は「経営が継続できるかどうか」であり、税務はその結果として調整していくものにすぎません。

2. 倒産原因の多くは税金ではなく「経営の空白」

「納税ができないから会社が潰れる」というイメージを持つ人は少なくありません。しかし、実務の現場で見れば、自社株承継の税金が原因で倒産に至ったケースは極めて稀です。
一方で、「後継者不在」や「後継者育成の遅れ」によって会社が廃業に追い込まれる事例は全国で数多く発生しています。

いくつか典型的な失敗例を挙げると次のようなものがあります。

  • 後継者が決まらず、社長の高齢化で判断が遅れる
  • 先代の存在が強すぎて、後継者が権限を持てない
  • 社員や取引先から認められず、後継者が孤立する
  • 経営体制が属人的で、後継者が引き継げない
  • 金融機関から後継者が信用されず、融資が滞る

いずれも「税務対策」では解決できない問題です。
つまり、事業承継の“本当のリスク”は税金ではなく、むしろ「経営が承継されないこと」にあります。

3. 後継者育成には最低でも3〜5年、理想は5〜10年

事業承継が難しい最大の理由は、後継者育成に長い時間が必要であることです。中小企業の社長が担っている役割は多岐にわたり、経営判断、財務管理、営業、採用、人事、取引先対応、金融機関との折衝などを一人でこなしているケースも少なくありません。

その役割を一気に後継者が担えるようになるはずがなく、段階的な経験と権限移譲が必要です。

  • 入社後の現場経験
  • 管理職としてのマネジメント経験
  • 部門横断の調整役としての実務
  • 取引先や金融機関との信用構築
  • 社員との信頼関係づくり
  • 経営判断の経験を積むためのプロジェクト推進

これらを体系的に経験するには、3〜5年では足りない場合すらあります。
だからこそ、経営承継への着手は「早ければ早いほど良い」のです。

4. 社長交代後に承継準備をするのは“間違い”

後継者が社長に就任したばかりの頃は、新しい責務への適応だけで大きな負担になります。その状態で制度整備、人事戦略、財務分析、取引先との関係づくりを一度に行うのは現実的ではありません。

そこで重要なのが、
「現社長が現役のうちに経営承継の基盤を整えておく」
という考え方です。

後継者に必要な能力を整理し育成し、組織体制を整備し、社内制度をアップデートし、金融機関や取引先との関係引継ぎも完了させる。
これらは現社長が主体となって進めるべき仕事であり、社長交代後に後継者へ丸投げするべきではありません。

5. 税務対策は重要、ただし「順番を間違えない」こと

ここまで税務対策に厳しい意見のように聞こえるかもしれませんが、決して税務対策が不要というわけではありません。むしろ、自社株の評価額が高い会社であれば、適切な株価対策や納税資金の確保は不可欠です。

ただし、重要なのは
税務対策の優先順位を上げすぎないこと
です。

本来の優先順位は次のようになります。

  1. 後継者の選定・育成
  2. 次世代の経営体制づくり
  3. 社内制度・ガバナンスの整備
  4. 財務・資金繰りの安定化
  5. 税務対策(株価・納税資金準備)

税務対策はあくまで「会社を継続させるための一手段」であり、事業承継の中心ではありません。
中心は常に「経営の承継」です。

結論

事業承継の本質は、社長の椅子を譲ることではなく、「未来に会社を残すこと」です。そのためには、税務対策よりも、後継者育成、次世代経営チームの構築、社内制度の整備といった“経営承継”に重点を置くべきです。

事業承継に失敗する多くの企業は税金ではなく、「後継者が育っていない」「経営体制が整っていない」という理由で経営が行き詰まります。
だからこそ、今いる社長が元気なうちに、経営承継の基盤を固めておくことが何よりの事業承継対策になります。

次回は、事業承継最大のテーマである「後継者の選定と育成」について、具体的な進め方を詳しく解説します。

出典

・日本経済新聞「事業承継の本質は経営承継にあり」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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