企業年金積立不足の解消と会計・税務対応 ― 金利上昇局面の退職給付会計をどう見るか

会計
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上場企業の確定給付企業年金(DB)の積立不足が、金利上昇を背景に急速に解消しつつあります。
日本経済新聞の分析によれば、2024年度の積立比率(年金資産÷年金債務)は97%とリーマン・ショック後で最高水準に達し、2025年度には100%を上回る「積立超過」企業が3社に1社に増える見通しです。
この変化は単なる財務体質改善にとどまらず、退職給付会計上の費用認識・法人税法上の損金算入にも直接的な影響を及ぼします。

1. 割引率上昇による年金債務の減少メカニズム

退職給付債務の算定には、企業会計基準第26号(退職給付に関する会計基準)で定める「割引率」が用いられます。割引率は、主として期末時点の長期優良社債利回りまたは国債利回りを基礎として設定され、将来支払う年金給付を現在価値に換算するための要素です。

金利が上昇すると割引率も上昇し、同じ将来給付額を現在価値に引き直した場合の金額は減少します。これにより、退職給付債務が縮小し、結果的に貸借対照表上の「退職給付に係る負債」残高が減少します。

実際、2024年度の上場企業における年金債務総額は約58兆7千億円と、前年から7%減少しました。割引率上昇による影響が、企業の退職給付費用を圧縮する形で業績を押し上げています。


2. 会計処理:その他包括利益との関係

退職給付会計においては、数理計算上の差異(割引率変動・運用収益差などによる差額)は、発生年度に一括損益計上せず、「その他の包括利益」に計上して繰延処理します。

金利上昇局面では、

  • 割引率上昇による債務減少(=数理差異の利益)
  • 運用環境改善による年金資産の評価益

が同時に発生するため、OCI(その他包括利益)にプラス要因が蓄積し、自己資本比率が改善する傾向にあります。
この数理差異は将来的に一定の期間(平均残存勤務年数など)にわたって費用へ再分類されるため、短期的な利益変動を抑制しつつ、長期的には費用減少効果を及ぼします。


3. 法人税法上の取扱い

法人税法では、退職給付債務のうち、実際に支給義務が確定した部分または支給時期が到来した部分のみが損金算入対象とされます。
したがって、会計上の退職給付引当金残高や数理差異をもって、ただちに税務上の損金とすることはできません。

税務調整上は以下の点が重要です。

区分会計処理税務上の取扱い
退職給付費用(引当金繰入額)当期損益計上原則として損金不算入(※実支給時に損金算入)
実際の年金掛金拠出額資産減少拠出時に損金算入可(税務上の支出主義)
数理計算上の差異OCIに計上し繰延処理税務上は認識しない(損金算入対象外)

このため、税効果会計を適用している企業では、会計上の「退職給付債務」や「数理差異繰延額」との乖離を解消するため、繰延税金資産・負債の計上・取崩しが必要になります。
特に金利上昇によって退職給付債務が縮小した場合、繰延税金資産の減少(=税効果の戻入)が発生するケースが多くみられます。


4. 企業開示と注記の実務ポイント

退職給付に関する注記では、以下の項目の開示が求められます(会計基準第26号第28項等)。

  • 割引率、予想運用収益率、退職給付債務の算定に用いた主要な数理計算上の前提
  • 年金資産の構成(株式・債券・オルタナティブ資産等)
  • 退職給付費用の内訳(勤務費用・利息費用・運用収益)
  • 数理計算上の差異及び過去勤務費用の発生額・償却額

金利上昇に伴い、企業は割引率の見直しと注記修正が必要となるほか、積立超過の場合には「退職給付に係る資産」の認識・注記も発生します。
税理士としては、これら会計開示の内容を踏まえて、税務調整・税効果の整合性確認を行うことが求められます。


5. 今後の留意点:インフレと制度再設計

金利上昇によって一時的に年金財務は改善していますが、インフレ進行局面では給付実質価値の低下が避けられません。
キャッシュバランス型プラン(CB)の採用拡大や、確定拠出年金(DC)への移行が今後進むと考えられます。
税理士・会計専門職としては、制度変更に伴う退職給付債務の再評価・会計基準適用の可否・移行時の損益認識を正確に把握し、顧問先企業の財務戦略に助言できる体制が必要です。


結論

金利上昇による退職給付債務の減少は、会計上も税務上もプラスに作用しています。しかし、これは「割引率」という仮定の変化による評価上の効果にすぎません。
制度再設計やインフレ対応の動きが加速する中で、税理士は一過性の財務改善に惑わされず、長期的な制度負担の見通しを含めた助言が求められます。
今後の税制改正・会計基準見直し(特にIAS19との整合性議論)にも注視が必要です。


出典

・日本経済新聞「年金積み立て不足解消へ 金利高、企業に追い風」(2025年11月5日)
・日本経済新聞「年金債務 企業負担に『割引率』影響」(2025年11月5日)
・企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」
・法人税基本通達9-2-39、9-2-40(退職給与等の損金算入時期)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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