最高裁が「人身傷害補償保険の保険金請求権は相続財産に含まれる」と判断したことで、
個人の相続実務における位置づけは明確になりました。
しかし、法人や個人事業主が契約者となる場合、
保険料の損金算入や保険金の益金算入など、税務上の整理が別途求められます。
本稿では、法人契約・個人契約それぞれの立場から、
人身傷害補償保険の税務処理を体系的に整理します。
1. 人身傷害補償保険の基本構造
自動車保険の中で「人身傷害補償保険」は、
契約自動車の搭乗者や歩行中の被保険者が事故により死傷した際に、
実際の損害額(治療費・休業損害・逸失利益など)を補填するものです。
生命保険のように「死亡時○○万円を支給」といった定額給付型ではなく、
損害保険としての実損填補(じっそんてんぽ)が原則となります。
したがって、税務上も「保険料=損害補償の対価」として扱うのが基本です。
2. 法人契約の場合の税務処理
(1)保険料の損金算入
人身傷害補償保険を法人が契約する場合、
その支出目的は「役員・従業員の業務中事故に備える損害補償」であるため、
原則として全額損金算入可能です。
ただし、次のように契約対象者や使用目的によって整理が分かれます。
| 契約対象 | 保険料の取扱い | 留意点 |
|---|---|---|
| 業務用車両(法人所有) | 全額損金算入 | 業務上事故に備えるため |
| 社用車を役員が私的にも使用 | 損金算入可(ただし私的利用分は給与課税) | 使用割合に応じ按分 |
| 個人所有車両を業務利用し法人負担 | 業務部分のみ損金算入 | 按分計算が必要 |
(2)保険金受取時の処理
法人が保険契約者である場合、
支払われた人身傷害保険金は原則として益金算入となります。
ただし、支給目的によって以下のように区分します。
| 保険金の使途 | 税務上の扱い | 備考 |
|---|---|---|
| 法人の車両修理・代替費用等 | 益金算入(損害補填) | 同額を修繕費・資産計上等で処理 |
| 役員・従業員本人への支給分 | 損金算入可(給与課税なし) | 被災補償として非課税所得(所得税法9条1項18号) |
| 遺族への死亡補償金支給 | 損金算入可(損害補償) | 遺族の非課税所得扱い |
ここで注意すべきは、
法人契約であっても生命保険的な性格(定額給付型)が含まれている特約部分です。
この場合は「給与」「福利厚生費」「その他損害補填費用」のいずれに該当するかを、契約内容で判断します。
3. 個人契約(個人事業主・自家用車等)の取扱い
(1)事業用車両に係る保険料
個人事業主が事業用車両に人身傷害補償保険を付帯している場合、
その保険料は必要経費に算入可能です(所得税法37条)。
ただし、自家用車を兼用している場合は、
走行記録・ガソリン代按分などと同様に「業務利用割合」に基づく按分が必要です。
(2)保険金を受け取った場合
- 業務中の事故による治療費・修理費の補填 → 事業所得の益金
- 人的損害(入通院・後遺障害等)補填 → 非課税(所得税法9条1項18号)
死亡による保険金も、損害補償として支払われる限りは非課税所得です。
ただし、前回の最高裁判決のとおり、
死亡時に被保険者本人の請求権が発生し、
それが相続財産として相続税の課税対象になります(相続人が受け取る場合)。
4. 保険金の会計処理・仕訳例
| 取引内容 | 借方 | 貸方 |
|---|---|---|
| 保険料支払い(法人) | 保険料(損害保険料) | 現金・預金 |
| 保険金受取(事故補填) | 現金・預金 | 雑収入(または損害補填益) |
| 保険金支給(従業員補償) | 福利厚生費 | 現金・預金 |
| 個人事業主の業務用車両保険料 | 損害保険料(必要経費) | 普通預金 |
上記は典型的処理例であり、実際には事故の態様・契約条件・支払明細に基づき勘定科目を選定します。
5. 税務調査で指摘されやすいポイント
- 私的利用割合の過小計上
→ 社用車を役員が私用している場合、損金算入全額は認められない。 - 生命保険的特約との混同
→ 定額死亡補償特約が含まれている場合、給与課税や福利厚生費判断が必要。 - 相続・承継時の誤処理
→ 個人契約の場合、死亡後の請求権は相続財産。相続税の申告対象に含める必要あり。 - 帳簿根拠資料の不足
→ 契約証書、事故報告書、保険会社支払通知などの保存が求められる。
結論
人身傷害補償保険は「損害保険」であり、
税務上はその補償対象と契約主体によって取扱いが大きく異なります。
- 法人契約:保険料は損金、保険金は益金または損金。
- 個人契約:業務用部分は必要経費、死亡補償分は非課税だが相続税課税対象。
経営者や個人事業主の場合、
生命保険との混同や按分漏れが税務調査で指摘されやすく、
契約書・支払明細をもとに「保険料の性格」を明確化することが重要です。
本シリーズで解説した最高裁判決は、
人身傷害補償保険を「損害補填契約」として整理する考え方を裏づけるものでもあり、
法人・個人の双方で今後の税務判断に大きな示唆を与えるものといえます。
出典
- 最高裁判所第1小法廷判決(令和7年10月30日)
- 日本経済新聞「保険金請求権『相続財産に』 最高裁、死亡事故巡り」(2025年10月31日)
- 所得税法第9条・第37条、相続税法第3条
- 法人税基本通達9-3-2、9-7-15(損害保険料の取扱い)
- 財務省『法人税基本通達解説』
- 国税庁タックスアンサー No.5315「損害保険金を受け取ったとき」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
