人身傷害保険金の請求権は相続財産に ― 最高裁が初判断(税理士実務版)

税理士
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2025年10月30日、最高裁判所第1小法廷(堺徹裁判長)は、人身傷害補償保険の保険金請求権が「被保険者本人に発生し、相続財産に属する」との判断を示しました。
従来、生命保険のように受取人固有の権利とみるか、損害保険として被保険者本人の請求権とみるかが争点でしたが、今回の最高裁は後者の立場を明確に認定しました。

本稿では、税理士実務の観点から
①判決の意義、②課税区分、③評価方法、④相続放棄時の取扱い、⑤実務対応上の留意点
を整理します。

1. 判決の意義と位置づけ

本件は、自動車保険の人身傷害条項に基づく死亡事故の補償金の請求を巡る紛争です。
被保険者である男性が自損事故で死亡し、子が相続放棄したため、次順位相続人である母親が保険会社(三井住友海上)に対して保険金の支払いを求めました。

最高裁は次のように判断しました。

「人身傷害条項に基づく保険金請求権は、被保険者に生じた損害を補填するためのもの。したがって、請求権は被保険者自身に発生し、相続財産に属する。」

この判断により、保険金請求権は被保険者の死亡時に発生した相続財産(民法896条)として承継されることが確定しました。
生命保険金のように受取人固有の権利として「みなし相続財産」に区分されるものではありません。


2. 課税区分の整理

(1)相続税の課税対象

人身傷害保険金の請求権は、被保険者の死亡時において確定した債権と評価され、相続税法第3条第1項に基づく「被相続人の財産」に該当します。
したがって、生命保険金に適用される500万円×法定相続人の「非課税限度額」は適用されません。

区分生命保険金人身傷害保険金
性質定額給付型(受取人固有の権利)損害補償型(被保険者の財産権)
相続税上の分類みなし相続財産(相続税法3条1項1号)相続財産(同法3条1項)
非課税枠あり(500万円×法定相続人)なし
所得税非課税(所得税法9条1項15号)非課税(同)

相続税上は「被相続人の債権」として課税対象となり、債権評価(時価評価)により課税価格に算入します。

(2)所得税・住民税

所得税法第9条第1項第15号により、相続により取得した所得は非課税所得とされており、人身傷害保険金も対象です。
よって、相続税の課税のみを考慮すれば足ります。


3. 評価方法(相続税評価)

(1)評価時点

評価基準日は被相続人の死亡時(相続開始時点)です。
保険金額が確定していれば、その支払見込額(請求可能額)を評価対象とします。

(2)評価方法

原則として「債権の評価」に準じます(財産評価基本通達192)。

  • 保険金支払見込額 -(事故発生後の未確定減額要素がある場合は合理的見積)
  • 遅延損害金や利息は、相続開始後に発生するため評価に含めません。

なお、事故原因や責任割合の争い等により支払が未確定の場合は、弁護士意見書や保険会社通知等に基づき合理的な評価額を算定します。

(3)申告上の取扱い

相続税申告書では「債権・その他の財産」に区分して記載します。
支払確定後に金額が変動した場合は、原則として更正の請求または修正申告で対応します。


4. 相続放棄時の税務取扱い

(1)相続放棄の効力

民法939条により、相続放棄をした者は「初めから相続人とならなかったもの」とみなされます。
したがって、放棄者は保険金請求権を承継せず、次順位相続人(例:父母)が請求権を取得します。

(2)税務上の帰属

相続放棄の効力は民法上の地位のみに及び、課税関係もそれに準じて判定します。
すなわち、相続放棄者は当該財産の取得者とはならず、次順位相続人が課税対象者となります。

(3)申告実務

相続放棄が家庭裁判所で受理されるまでの間に保険金が支払われた場合、
支払先名義にかかわらず、相続放棄が確定すれば、実質的な承継者である次順位相続人に帰属します。
このため、税務上は相続開始時点の相続関係を基準として再評価・修正する必要があります。


5. 実務上の留意点

  1. 保険証券・約款の確認
    保険種類(人身傷害/搭乗者傷害/生命特約)により請求権の帰属が異なる。
    各契約の条項と受取人指定の有無を確認する。
  2. 非課税枠誤適用の防止
    人身傷害保険金を生命保険金と誤認し、非課税枠(500万円×法定相続人)を適用すると過少申告になる。
  3. 評価額の合理的根拠
    保険会社の支払決定通知書・事故調査書等を添付し、評価根拠を明確にする。
  4. 相続放棄・遺産分割調整の連携
    弁護士・司法書士との協議が必要なケースも多く、税理士単独で判断せず連携体制を構築する。
  5. 経営者・個人事業主の契約整理
    法人契約・個人契約の混在に注意。経営者が加入する自動車保険では、
    保険金の帰属主体(法人/個人)を明確化しておくことが望ましい。

結論

本判決により、人身傷害補償保険の保険金請求権は「被保険者の損害を補填する債権」として相続財産に含まれることが確定しました。
生命保険金とは異なり、相続税上は非課税枠がなく、債権評価に基づく課税が必要です。

税理士実務では、

  • 保険契約の法的性質を踏まえた課税区分判断、
  • 相続放棄時の承継判定、
  • 評価資料の整備と説明責任の確保
    が求められます。

本件は、保険契約の多様化と相続実務の接点を示す重要な判例であり、今後の税務判断・顧客支援における指針となるものです。


出典

  • 日本経済新聞「保険金請求権『相続財産に』 最高裁、死亡事故巡り」(2025年10月31日)
  • 最高裁判所第1小法廷判決(令和7年10月30日)
  • 相続税法第3条・第12条、所得税法第9条
  • 財産評価基本通達192「債権の評価」
  • 国税庁『タックスアンサー No.4152・相続税の課税対象となる財産』
  • 民法第896条・第939条

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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