高市早苗政権の経済運営は、従来の「財政規律対積極財政」という単純な対立軸を超え、成長・分配・持続性の三つをいかに同時に実現するかという“トリレンマ(3つのジレンマ)”に直面しています。
この三者のバランスをどう取るかは、日本の財政運営の方向性を決定づける最重要課題です。
本稿では、政策減税見直しと給付付き税額控除の議論を軸に、新しい「財政の均衡点」を探ります。
1. 「積極財政」から「選択的財政」へ
かつて「積極財政」は、景気刺激や公共投資の拡大を意味していました。
しかし現在の議論は、単なる財政拡張ではなく、成長のために“どこに支出するか”を明確に選ぶ時代に移っています。
租税特別措置(租特)の総点検や給付付き税額控除の検討は、その象徴的な動きです。
政策効果が薄れた企業減税を整理し、成長分野や家計支援へ再配分する。
すなわち「積極」から「選択」への転換――これが高市政権の財政戦略の核心です。
この方針は、単に財政規模を増やすことではなく、持続可能な成長のための“財政デザイン”を再構築する試みといえます。
2. 成長・分配・持続性のトリレンマ
日本の財政運営はいま、「成長」「分配」「持続性」という三要素の間で新しい均衡を模索しています。
| 目的 | 意味 | 政策例 |
|---|---|---|
| 成長 | 生産性向上と技術革新 | 研究開発税制、投資減税、AI・グリーン投資 |
| 分配 | 家計支援と格差是正 | 給付付き税額控除、児童・教育支援 |
| 持続性 | 財政健全化と社会保障維持 | 租特整理、税源拡充、社会保険改革 |
これら三者は相互に緊張関係にあります。
たとえば成長を優先して企業減税を拡大すれば、分配と持続性が犠牲になります。
逆に分配に偏れば、成長への投資が滞り、財政の持続可能性が失われかねません。
いま求められているのは、「成長の果実を分配し、その分配を財源に再び成長へ回す」――
つまり、循環型の財政構造をつくることです。
3. “再分配の財源”としての租特改革
この循環型財政の第一歩が、租特(政策減税)の見直しです。
財務省の分析では、研究開発税制などの大規模減税が必ずしも投資増加につながっていない現状が明らかになっています。
ここで浮いた財源を、給付付き税額控除や低所得者支援に回せば、分配と消費を通じて経済成長を下支えする効果が期待できます。
つまり、租特改革は単なる「削減」ではなく、財政の“構造転換”です。
企業減税から家計支援へ、供給サイドから需要サイドへ――財政の方向を180度転換させる動きといえます。
4. 財政の持続性 ―「社会保障と税の一体改革」の再始動
同時に、財政の持続性を確保するための制度改革も動き出しています。
高市政権は「社会保障と税の一体改革」を再始動させ、給付付き税額控除、医療・介護の負担見直し、社会保険料の再設計を議論の俎上に載せました。
この方向性は、単なる歳出削減ではなく、世代間での公平性と納得感のある負担構造を目指すものです。
働く世代・高齢世代・企業のそれぞれが適切に支え合うための仕組みを再構築することが、財政の“持続性”を担保する鍵となります。
5. 新均衡の条件 ― “データで選ぶ財政”へ
今後の課題は、政策の優先順位を感情や政治的思惑ではなく、データと検証によって決めることです。
「どの租特が雇用や投資に効果を上げたか」「どの支援策が消費や教育機会を広げたか」――
こうした客観的データをもとに制度を継続・廃止・拡充していく仕組みが必要です。
財政はもはや「削るか、出すか」ではなく、「何に、どれだけ、どう効いたか」で判断される時代に入っています。
これこそが“新しい財政均衡”を支える最大の条件といえるでしょう。
結論
積極財政の時代において問われているのは、支出規模の大きさではなく、財政構造の賢さです。
成長・分配・持続性という3つの要素をどう調和させるかが、これからの政策論の中心となります。
租特改革と給付付き税額控除は、そのための両輪です。
企業減税依存から脱し、家計支援と人的投資を軸にした財政構造へ――。
“財政の新均衡”とは、成長と分配の循環を通じて持続性を確保する、その新しい形を指しています。
出典
・日本経済新聞「企業向け政策減税、省庁が改廃巡り論戦」(2025年10月31日)
・財務省「租税特別措置に関する報告書(令和6年度)」
・内閣府「税と社会保障の一体改革に関する論点整理(2025年)」
・経済産業省「中長期的な成長戦略と産業構造転換に関する報告書」
・OECD「Fiscal Sustainability and Inclusive Growth」(2024年)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
