税理士が読む「変革銘柄」― ROEと自己資本の“使い方”から見える日本企業の変化 ―

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日本企業の資本効率改革は「会計の視点」から始まった

2023年、東京証券取引所が企業に向けて出したひと言が話題を呼びました。

「資本コストや株価を意識した経営をしてください」

この要請、実は会計の根本に関わるメッセージでした。
企業は日々、利益を積み上げ、内部留保(利益剰余金)として自己資本を厚くしてきました。
ところが――
その「厚み」が、必ずしも“良い経営”を意味しないことが明らかになってきたのです。

自己資本が多くても、その資本を有効に使えていなければ、
「資本効率が悪い」=PBR(株価純資産倍率)が低いと判断されます。
東証が求めたのは、まさにこの「眠る資本を動かせ」という転換でした。


ROE(自己資本利益率)は“企業の稼ぐ力”の体温計

企業の資本効率を測る代表的な指標が、ROE(Return on Equity)
これは「自己資本に対してどれだけの利益を上げたか」を示す指標です。

式で書くとこうなります:

ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本 × 100(%)

たとえば、自己資本が1,000億円ある会社が、100億円の純利益を稼いでいればROEは10%。
もし同じ利益で自己資本が2,000億円なら、ROEは5%です。
つまり、「資本を増やしすぎて利益が伴わないと、効率は下がる」ということですね。

この数値は、経営者が“資本をどれだけ有効に回しているか”を表すバロメーター
だからこそ、東証は「ROEを上げるための戦略を考えよ」と促したわけです。


“自己資本を減らす”という選択肢も、経営改革の一つ

「自己資本を増やす」ことが善だと考える経理担当者も多いでしょう。
しかし、今の潮流では「資本を適正水準にする」という発想が重視されています。

たとえば、機械部品大手のTHKは2024年、自己資本を700億円圧縮すると発表しました。
内部留保をそのまま積み上げておくのではなく、
株主への還元や成長投資に振り向ける――つまり、資本を「動かす」方針に切り替えたのです。

結果、発表翌日には株価がストップ高を記録しました。
投資家は「お金を眠らせない企業」を評価し始めているのです。


キャッシュアロケーション(資金配分)に“会計の意思”が出る

ここで注目したいのが、企業が開示するキャッシュアロケーション(資金配分)方針です。
これは、営業キャッシュフローをどのように使うかを示す、いわばお金の設計図

税理士として見るべきポイントは、次の3つです:

  1. 成長投資への比重
     → 研究開発費や新工場建設など、将来の収益拡大に資する支出か。
  2. 株主還元への姿勢
     → 配当性向・自社株買いをどう位置づけているか。
  3. バランスシートの健全性
     → 借入金の圧縮や政策保有株の売却など、資産効率をどう高めているか。

たとえば住宅設備のタカラスタンダードは、
政策保有株や遊休不動産の売却で得た資金を、成長投資と株主還元に350億円ずつ配分。
結果、株価は4割上昇しました。
“資本を動かして稼ぐ”という経営の意思が明確に見える好例です。


事業構造の転換は、ROE改善の最短ルート

ROEを改善するには、単に株主還元を増やすだけでは限界があります。
本業の利益率を上げる=収益構造を変えることが重要です。

繊維大手のグンゼは、その好例。
医療・半導体素材など高採算事業へのシフトを進め、
アパレル事業の構造改革に踏み込みました。
ROEの上昇とともに、株価も7年ぶりの高値圏に。

このように、「どの事業に資本を振り向けるか」が、
ROEの中身を左右する最大のポイントです。

税理士として決算書を読むときにも、
「この企業はどこに資本を使っているのか」という視点があると、
数字が“生きた経営判断”として見えてきます。


経営の“変化点”を読むための3つのサイン

これから変革が進む企業を見つけるには、以下の3点を意識すると良いでしょう。

① アクティビスト(物言う株主)の存在

外部の株主が経営に働きかけている企業は、資本効率の改善が進みやすいです。
財務データ上も、遊休資産・政策保有株が多い企業が狙われやすい傾向があります。

② 持ち合い株の解消

グループ内の安定株主を減らす代わりに、
個人投資家や機関投資家に向けたIR活動を強化する動きが見られます。
株主構成の変化=資本政策の変化です。

③ トップ交代・世代交代

新社長就任は、キャッシュアロケーション方針の転換点になりやすい。
若い経営層は「自己資本を使って成長を描く」発想を持っています。


数字の裏に「資本の物語」を読む

PBR改革は、“数字の見せ方”の改革ではありません。
むしろ、資本をどう使うかという「経営の物語」を問うものです。

税理士や経理担当者にとって、
この動きは単なる株価上昇の話ではなく、決算書を読む力の再定義とも言えます。

ROEを見れば「稼ぐ力」、
自己資本を見れば「余力」、
キャッシュアロケーションを見れば「意思」がわかる。

これからの企業分析は、数字を読むことから、意図を読み解く時代へ
経営者と投資家が同じ指標を見ながら未来を語る――。
そんな日本企業の新しいステージが、今まさに始まっています。


出典

出典:2025年10月11日 日本経済新聞朝刊
「株式投資、『変革』銘柄の選び方」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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