企業が従業員に食事を支給する場合、その取扱いは一見すると単純に見えます。しかし、源泉所得税の世界では、一定の条件を超えると「超えた部分だけ」ではなく「全額」が給与課税の対象になるという独特の構造が採られています。
令和8年度税制改正大綱では、非課税限度額が月額3,500円から7,500円へ引き上げられる方向が示されています。物価上昇や福利厚生の重要性を踏まえた見直しといえますが、制度の構造そのものは維持される見込みです。
本稿では、食事支給の非課税制度の仕組みと、その設計思想について整理します。
食事支給の非課税制度の基本構造
所得税法上、食事支給が非課税となるケースは大きく分けて二つあります。
第一に、職務の性質上必要な給付として法令上非課税とされるもの(例:船員食など)です。
第二に、福利厚生的性格や業務上の必要性を踏まえ、通達により課税しないとされているものです。一般企業で問題になるのは主として後者です。
通達上の要件は次の二点です。
- 従業員の負担額が、食事の価額の2分の1以上であること
- 会社の月額負担額が3,500円(改正後7,500円)以下であること
この二つを同時に満たす場合、現物給与課税は行われません。
逆にいえば、会社負担額が月額限度額を1円でも超えると、その月の会社負担分は全額が給与として課税対象になります。
ここに制度上の「不思議」があります。
なぜ「超過分のみ課税」ではなく「全額課税」なのか
通勤手当など多くの非課税制度では、限度額を超えた部分のみが課税対象になります。いわば「基礎控除方式」です。
しかし、食事支給はその構造を採っていません。限度額を超えた瞬間に、会社負担額の全額が給与扱いになります。
この違いは、制度の性格の差に由来します。
通勤手当は、業務遂行に不可欠な費用補填としての性格が強く、政策的にも広く保障すべき性質があります。一方、食事支給は本来、個人の生活費に属するものです。
したがって、食事支給の非課税は「本来は課税対象だが、福利厚生上の配慮として例外的に認める」という位置付けです。そのため、明確な線引きを設け、限度を超えた場合は特例の適用を認めないという設計になっています。
いわば、「グレーゾーンを設けない」構造です。
月額限度額の考え方と実務上の取扱い
現行の3,500円(改正後7,500円)は「月額基準」です。
一方で、食券の未使用分を翌月以降に繰り越して使用できるケースや、利用可能期間を1年とする運用も存在します。国税庁のFAQでは、一定の制限を前提に、未使用分の繰越利用を認めています。
この点は、実質的には月額基準を柔軟に扱っているともいえます。
制度の条文・通達本文は厳格な月額基準を置きつつ、実務では弾力的な運用を認めている。この構造は、源泉実務の現実対応と制度設計のバランスを示しています。
食事の評価額はどう決まるか
食事の評価方法も重要な論点です。
- 自社食堂で調理する場合は、材料費等の直接費相当額
- 外部から購入する場合は、購入価額
この差により、同じ「一食」であっても評価額が異なることがあります。
近年はコスト削減のために外部業者の弁当提供に切り替える企業も増えていますが、評価方法が変わることで課税関係にも影響が生じます。
制度上は「実際に要した価額」に基づくため、抽象的な「食事の価値」ではなく、客観的な費用を基準に評価するという整理がなされています。
福利厚生と税制の境界線
月額限度額を超えると全額課税になる構造は、福利厚生の効果を弱める面があります。
仮に基礎控除方式を採れば、企業は限度額を超えても一定の福利厚生効果を維持できます。しかし、現行制度はそうなっていません。
これは、税制が福利厚生の拡充を全面的に支援する制度ではなく、「課税の例外をどこまで認めるか」という観点で設計されているためです。
税法は本質的に「課税を原則」とします。食事支給はその例外に位置付けられます。そのため、例外の適用範囲は明確に区切られています。
制度改正後も変わらない本質
非課税限度額が7,500円に引き上げられれば、実務上の使い勝手は改善します。特に物価上昇局面では現実的な水準といえます。
しかし、制度の基本構造――
- 2分の1以上の自己負担
- 月額限度額
- 超過時は全額課税
という枠組み自体は維持されます。
この構造を理解しておくことは、源泉実務において重要です。
単に「いくらまで非課税か」を知るだけでなく、「なぜその設計になっているのか」を押さえることで、制度の趣旨と運用の方向性が見えてきます。
結論
食事支給の非課税制度は、福利厚生を全面的に奨励する制度ではなく、生活費に属する給付について限定的に例外を認める仕組みです。
そのため、限度額を超えた場合は超過分のみではなく全額課税となるという、厳格な構造が採られています。
令和8年度改正により金額は引き上げられますが、「例外は明確に区切る」という設計思想は変わりません。
源泉所得税の世界では、金額よりも制度の思想を理解することが、実務対応の安定につながります。
参考
・国税庁「令和7年度 源泉徴収のあらまし」
・国税庁「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ(源泉所得税関係)」
・令和8年度税制改正大綱
・税のしるべ 2026年2月9日号 連載「源泉所得税の不思議」第6回 税理士 永田金司

