これまでのシリーズでは、減損処理の基本、日本基準とIFRSの違い、そして「のれん」と減損の関係について見てきました。
今回はもう一つ重要なポイント、「金利と減損の関係」に焦点を当てます。
「金利が上がると減損リスクが高まる」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか?
一見すると関係なさそうに見える金利と減損。しかし、実は割引率を通じて密接に結びついているのです。
減損処理と割引率
減損処理では、将来のキャッシュフローを「現在の価値」に換算する必要があります。
その際に使われるのが「割引率」です。
割引率とは「将来のお金を現在の価値に置き直すための基準」で、企業の資本コスト(加重平均資本コスト=WACC)を参考に決められます。
例えば、毎年10億円の収益が10年間見込めるとしましょう。
- 割引率0%(つまり現在価値を考慮しない場合) → 合計100億円
- 割引率3% → 現在価値は約85億円
- 割引率6% → 現在価値は約74億円
同じキャッシュフローでも、割引率が高くなると現在価値はどんどん小さくなっていきます。
つまり、「金利上昇=割引率上昇=現在価値の縮小=減損の発生可能性増大」という構図になるのです。
金利上昇が減損に与えるインパクト
1. 将来キャッシュフローの評価額が下がる
金利が上昇すると、企業が将来稼ぐお金を「より厳しく」評価することになります。たとえば、これまで簿価とほぼ同じ水準で評価されていた資産が、金利上昇により一気に簿価を下回り、減損損失が発生することがあります。
2. のれん減損のリスクが高まる
特にのれんは、定期的な減損テストが必要です。割引率が高まれば、将来キャッシュフローの現在価値は小さくなり、回収可能価額が簿価を下回りやすくなります。その結果、大規模な減損が発生する可能性があります。
3. 経済環境全体の変化を映す
金利の上昇は、景気動向やインフレ、金融政策の影響を反映しています。そのため、金利上昇による減損リスクは、単なる会計処理の問題にとどまらず、企業経営全体の不確実性を象徴する指標ともいえます。
実際の事例:ENEOSのケース
ENEOSホールディングスは、東燃ゼネラル石油との経営統合に伴い多額の「のれん」を計上しました。
2025年3月期には、こののれんの減損テストに用いる割引率が 前期の4.8%から6.2%へ上昇 しました。
割引率が高まった結果、将来キャッシュフローの現在価値は大きく縮小。回収可能価額が帳簿価額を下回ったため、減損損失を計上するに至りました。
この事例は、「金利のわずかな変化が数百億円単位の減損につながる」という現実を如実に示しています。
なぜ金利上昇が割引率を押し上げるのか?
割引率は、一般的に「国債利回り+リスクプレミアム」で構成されます。
- 国債利回り:いわば「安全資産」の利回り。これが基準となる。
- リスクプレミアム:企業ごとのリスクに応じて上乗せされる分。
金利が上がれば国債利回りも上昇し、それに連動して割引率も上昇します。
例えば、国債利回りが1%から2%に上がるだけで、WACC全体が大きく動くこともあります。結果として、減損のリスクは急激に高まります。
投資家が注目すべきポイント
投資家にとって、金利動向は株価や債券価格だけでなく、企業の減損リスクにも直結します。以下の点が注目ポイントです。
- 金利上昇局面では減損ニュースが増える
特に金利が長期的に高止まりする局面では、企業の資産価値が次々と見直され、減損計上が相次ぐ可能性があります。 - のれんの大きい企業ほど影響が大きい
海外M&Aなどでのれんを多額に計上している企業は、割引率の上昇に弱い傾向があります。決算短信などでのれんの残高を確認すると、リスクの大きさが見えてきます。 - 業種による差
資源・エネルギー、製造業、不動産などは、資産の金額が大きく、減損リスクも高い。一方、ITサービスなどは比較的影響が小さいこともあります。
減損処理とマクロ経済
金利と減損の関係を理解すると、減損処理は単なる会計処理を超え、マクロ経済とのリンクが見えてきます。
- 金利上昇 → 割引率上昇 → 減損リスク増大
- 金利低下 → 割引率低下 → 減損リスク低下
つまり、金融政策や国債市場の動向は、企業の会計数字を通じて直接的に影響を及ぼすのです。
まとめ:金利を読み解くことが減損を読み解くことにつながる
- 割引率は将来キャッシュフローを現在価値に直すために使われる
- 金利が上がれば割引率も上がり、現在価値は小さくなる
- 結果として、減損損失が発生しやすくなる
- ENEOSの事例のように、わずかな割引率上昇で巨額の減損が発生することもある
- 投資家にとっては、金利動向が減損リスクを読む重要な手がかりになる
減損処理は、企業の「収益力の低下」を反映するだけでなく、マクロ経済環境、特に金利水準の変化を映す鏡でもあります。ニュースで「減損損失を計上」という言葉を目にしたときは、金利動向との関連を意識すると、より深い理解につながるでしょう。
📌 参考:日本経済新聞(2025年9月18日付)
👉 次回(第5回)はシリーズの締めくくりとして「投資家が見るべき減損情報」をテーマにまとめます。減損をどう読み解けば企業分析に役立つのかを解説していきます。
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
