訪問看護をめぐる制度改革の全体像 過剰提供の是正から在宅医療の未来まで

FP
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訪問看護は、高齢者や医療的ケアが必要な人々の自宅生活を支える重要なサービスです。しかし近年、一部の事業所による「過剰な訪問」や高齢者住宅での大量提供が指摘され、制度の持続可能性が課題になってきました。

2026年度診療報酬改定では、訪問看護の報酬体系が大きく見直される予定です。この改定は、一部の不適切な運用を是正するだけでなく、在宅医療全体の方向性にも関わる重要な転換点となります。

本稿では、このシリーズで取り上げてきた内容を総合し、訪問看護の現状、制度の構造的課題、改定のポイント、そして今後の展望をまとめます。

1.訪問看護の利用が急増している背景

訪問看護の利用は、この10年で大きく拡大しています。特に、

  • 高齢者住宅(サ高住・有料老人ホーム等)への訪問の増加
  • 医療保険を使った訪問の急増
  • 1日3人以上の同一建物訪問の15倍増

など、提供体制の変化が顕著です。

背景には以下があります。

  • 超高齢化による医療・介護ニーズの増大
  • 病院から在宅へのシフト(地域包括ケア)
  • 高齢者住宅の増加と訪問看護ステーションの集中
  • 医療保険の方が単価が高く、事業者にとって収益が出やすい構造

国の政策が在宅医療を後押ししてきたこともあり、訪問看護の利用が自然に伸びてきた側面があります。


2.「過剰提供」と指摘される理由

訪問看護の大半は必要性に基づいたものですが、一部では制度の隙間を突く形で以下のような事例が指摘されています。

■ 非医療的な内容で訪問回数が多い

  • バイタルに問題のない人への定期的な訪問
  • 実質的に「見守り」や「話し相手」

■ 短時間訪問の高頻度化

  • 5〜10分で終わる訪問を1日に複数回
  • 服薬確認のみ等

■ 高齢者住宅での大量訪問

  • 一つの建物で多数の利用者
  • 構造的に訪問回数を増やしやすい
  • “囲い込み”の懸念も

訪問看護は柔軟性が高いため、適正と過剰の線引きが難しいという制度的な問題もあります。


3.医療保険と介護保険の“境界”が課題を生む

訪問看護は医療保険と介護保険の両方で利用できます。この二重構造が柔軟性を生む一方で、

  • 医療保険の方が単価が高い
  • 医療保険は回数制限が比較的緩い
  • 医師の指示次第で訪問回数を設定できる

といった構造が利用拡大に影響してきました。

医療保険の訪問看護の増加は、健康保険財政に強い圧力をかけており、制度全体の持続性が問題となっています。


4.2026年度診療報酬改定の主なポイント

今回の改定は「量から質へ」「必要性に基づく訪問へ」という方向性で整理されています。主な内容は次の通りです。

■ ① 同一建物訪問の報酬を細分化

  • 現行の「3人以上で一律減額」を見直し
  • 人数に応じて段階的に報酬を下げる
    → 大量訪問モデルの抑制

■ ② 短時間・高頻度訪問に新たな報酬区分

  • 5~10分程度の訪問を繰り返すケースを評価見直し
    → 非医療的ケアの削減につながる

■ ③ 医療保険による訪問看護の適正化

  • 対象疾病や訪問回数の妥当性を明確化
  • 介護保険との適正な役割分担を図る

■ ④ 訪問内容の記録と説明責任の強化

  • 指示書の詳細化
  • 訪問看護記録の精度向上
  • 必要性の根拠の提示が求められる

これらは制度の「すき間」を塞ぎ、必要なケアを中心とした訪問に戻すことが目的です。


5.改定による影響:利用者・家族・事業者

■ 利用者・家族

メリット

  • 医療的必要性の高いケアが受けやすくなる
  • 適正化により質が向上
  • 訪問内容が透明化される

懸念

  • 訪問頻度が減る場合がある
  • 高齢者住宅でのサービス提供が減る地域も
  • 夜間・早朝訪問の縮小可能性

■ 事業者

影響が大きいのは、

  • 高齢者住宅に集中しているステーション
  • 短時間訪問を頻繁に行ってきた事業所
  • 医療保険中心の経営モデル

必要となる対応

  • 記録とエビデンスの強化
  • 訪問内容の再設計
  • 医師との連携強化
  • 長時間の専門的ケアへのシフト

今回の改定は、事業者にとっては経営上の大きな転換点になります。


6.今後の在宅医療・訪問看護の方向性

■ ①「必要な人へ必要なケア」を徹底

訪問頻度の設定をより医学的根拠に基づいて行う方向へ。

■ ② 医療保険と介護保険の役割分担を明確化

医療保険の訪問は“重度”に集中させ、
それ以外は介護保険で対応する流れが加速。

■ ③ 高齢者住宅との関係性の再構築

大量訪問モデルは縮小し、住宅側のケア体制の強化が求められる。

■ ④ 訪問看護の質の可視化・評価

将来的には、

  • 急変回避率
  • 入院率
  • 利用者満足度
    など、質指標が報酬に反映される可能性も。

■ ⑤ ICT・AIの活用が不可欠

  • 遠隔モニタリング
  • AIによる急変予測
  • 記録自動化
  • ルート最適化
    人材不足の中、テクノロジーの導入は避けて通れません。

結論

訪問看護の「過剰提供」問題は、現場の行動だけでなく、制度そのものの複雑さや人口構造の変化、高齢者住宅の急増といった要因が複雑に絡んで生じています。

2026年度診療報酬改定は、
必要なケアに資源を集中させ、持続可能な訪問看護体制を構築するための第一歩です。

しかし、本当の課題はその先にあります。

  • 医療・介護の制度再編
  • 高齢者住宅との連携の見直し
  • 訪問看護の質評価
  • ICT・AIの活用拡大
  • 地域格差の解消

これらを総合的に進めることで、「在宅で安心して暮らせる社会」を実現していく必要があります。

訪問看護は、高齢社会で生きる多くの人にとって欠かせない支えです。制度改革と現場の実践が両輪となり、これからの在宅医療の未来を形づくっていくことが期待されます。


出典

  • 日本経済新聞「過剰な訪問看護是正 厚労省が診療報酬下げへ」(2025年11月29日 朝刊)

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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