老後資金の議論では、「いくら準備するか」に目が向きがちです。しかし、実際に老後を迎えると重要になるのは、「どの資金から、どの順番で使うか」という取り崩しの設計です。
とくに社長や個人事業主の場合、役員退職金、新NISA、iDeCo、公的年金など、性格の異なる資金を自ら管理する必要があります。
本稿では、老後資金の取り崩し順序を考えるうえでの基本的な考え方と、制度ごとの役割分担について整理します。
なぜ取り崩し順序が重要なのか
老後資金は、現役時代と違って「入ってくるお金」より「出ていくお金」の管理が中心になります。
同じ金額の資産を持っていても、取り崩し順序を誤ると、税負担が増えたり、資金が想定より早く尽きたりする可能性があります。
また、老後は医療費や介護費用など、予測しにくい支出が発生します。
そのため、すべての資金を一律に扱うのではなく、性格の異なる資金を使い分けることが重要になります。
老後資金を性格別に整理する
取り崩し順序を考える前提として、老後資金を次の三つに分けて考えると整理しやすくなります。
第一に、終身で入ってくる収入です。公的年金が代表例であり、長生きしても枯渇しない資金です。
第二に、期限付きで使うことを想定した資金です。役員退職金や一時金として受け取る資産がこれに該当します。
第三に、取り崩し時期や金額を調整できる資産です。新NISAで形成した資産が典型です。
この三つは、同じ「老後資金」でも役割が大きく異なります。
公的年金は「最後まで残す資金」
公的年金は、老後資金の中でも特別な存在です。
生存している限り支給されるため、取り崩すという概念そのものがありません。
そのため、公的年金は「老後の生活の土台」として位置づけ、原則として最後まで残す資金と考えます。
年金収入で最低限の生活費を賄える設計ができれば、他の資金は生活の質を調整する役割に回せます。
退職金は「早めに役割を持たせる資金」
役員退職金は、多くの場合、一時金で受け取ります。
税制上は優遇されていますが、受け取った後は運用や取り崩しを自分で管理しなければなりません。
退職金を老後のすべての生活費に充てようとすると、長生きした場合に資金が不足するリスクが高まります。
そのため、退職金は「退職直後から一定期間の生活費」や「大きな支出への備え」として、早めに役割を持たせる方が合理的です。
新NISAは「中盤から後半を支える調整役」
新NISAは、取り崩し時期や金額を自由に調整できる点が最大の特徴です。
そのため、老後資金の中では「中盤から後半を支える資金」として位置づけると使いやすくなります。
退職直後は退職金を中心に生活費を賄い、公的年金が本格的に始まるまでの間や、年金だけでは不足する部分を新NISAで補う設計が考えられます。
また、長生きした場合に備えて、新NISAの一部を後半まで温存するという考え方も重要です。
iDeCo資金の扱い方
iDeCoは、受取方法によって性格が変わります。
一時金で受け取る場合は退職金に近い性格を持ち、年金形式で受け取る場合は有期の収入に近くなります。
いずれにしても、iDeCoは老後専用の資金であるため、生活費の不足分を補う位置づけで使うのが基本です。
新NISAと組み合わせることで、取り崩しペースを調整しやすくなります。
典型的な取り崩し順序の考え方
実務的には、次のような順序が一つの目安になります。
まず、公的年金は生活の土台として確保します。
次に、退職直後から一定期間は役員退職金を中心に生活費や大きな支出を賄います。
そのうえで、新NISAやiDeCoを使って不足分を補い、長生きした場合の後半資金として残す部分を意識します。
この順序を意識することで、資金の偏りを抑え、老後全体を通じた安定性が高まります。
社長・個人事業主が注意すべき点
社長や個人事業主に多いのが、「まとまった退職金があるから安心」という判断です。
しかし、退職金は一度受け取れば減っていく資金であり、終身で続くものではありません。
取り崩し順序を考えずに生活水準を決めてしまうと、後半で急激な生活水準の見直しを迫られることがあります。
取り崩しは、老後全体を見通した設計が不可欠です。
結論
老後資金の取り崩し順序は、資産額そのもの以上に重要です。
公的年金は土台として最後まで残し、退職金は早めに役割を持たせ、新NISAは調整役として中長期に活用する。この役割分担を意識することで、老後の資金計画は安定します。
社長・個人事業主にとって、老後資金の管理は経営の延長線上にあります。
どこから使うかをあらかじめ考えておくことが、長生き時代における現実的な備えといえるでしょう。
参考
・日本経済新聞「新NISA、2年目は7%増の12兆円 資産形成、インフレで拡大」(2025年12月30日朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
