前回は「減損」と「税効果会計」の関係についてご紹介しました。資産の収益力が落ちれば減損処理を行い、それが将来の課税所得の見通しに影響し、繰延税金資産の取り崩しにつながることを学びました。
今回は、さらに一歩踏み込み、繰延税金資産の計上と取り崩しの実例を取り上げながら、その仕組みと企業へのインパクトをわかりやすく解説します。
繰延税金資産とは?
まず復習です。
繰延税金資産とは、将来の税金を軽くする権利を「資産」として計上したものです。
例えば、賞与引当金のように「財務会計では費用にしたけれど、税務会計ではまだ損金にならない」ものがあるとします。将来支払うときに損金になれば税金が軽くなるはずです。この「将来の節税効果」を資産として記録するのが繰延税金資産です。
計上できる条件
ただし、何でもかんでも資産にできるわけではありません。
会計基準では「将来、十分な課税所得が見込める場合」に限って計上できると定めています。
判断基準としては、
- 将来の事業計画(利益予測)が妥当であるか
- 税務上の繰越欠損金などをどれくらい活用できるか
- 過去の利益実績や収益性の改善見込み
といった点が重視されます。
つまり、繰延税金資産を計上することは「この会社は今後も利益を出せる見込みがある」と宣言することに等しいのです。
取り崩しが必要になるとき
逆に、将来の課税所得が見込めないと判断されれば、すでに計上している繰延税金資産を取り崩さなければなりません。
取り崩しの主な要因は:
- 業績の悪化(利益計画の下方修正)
- 海外事業の撤退や縮小
- 減損処理による収益力の低下
などです。
会計上は「取り崩し=損失計上」となり、当期純利益を大きく押し下げます。企業にとっては経営成績の悪化を世間に示すことになるため、非常にインパクトの大きな処理です。
実例① コニカミノルタ(2025年3月期)
コニカミノルタは2025年3月期、米子会社などの事業計画を見直しました。その結果、将来の収益見込みが下がり、140億円の繰延税金資産を取り崩すことになりました。
- 背景:海外事業の採算性悪化
- 処理:繰延税金資産を一括で取り崩し
- 影響:当期純利益が大幅に減少
このように、単に会計上の数字を動かすだけでなく、投資家から「この会社は将来利益を出せないのでは?」という不安を招きます。
実例② 大王製紙(2025年3月期)
大王製紙も2025年3月期に中国事業の悪化で約20億円の減損損失を計上しました。同時に、繰延税金資産を約20億円取り崩しています。
- 減損と繰延税金資産の取り崩しがセットで起きた例
- 減損で「資産の価値が下がった」ことにより、将来利益の見通しが悪化
- 結果として「税負担軽減の効果を享受できない」と判断された
まさに前回解説した「減損と税効果会計のつながり」を示す事例です。
繰延税金資産が大きい企業ほどリスクも大きい
繰延税金資産は「将来の利益」を前提にしているため、過大に計上してしまうと、将来の業績悪化時に一気に取り崩すリスクがあります。
監査法人トーマツの長沼パートナーも「純資産に対する繰延税金資産が大きい企業では、取り崩しによって自己資本比率が大幅に悪化することがある」と指摘しています。
自己資本比率は金融機関や投資家が重視する指標です。これが悪化すると信用力が低下し、資金調達コストが上がるなど経営に大きな影響が出ます。
歴史的な事例:りそな銀行
繰延税金資産の会計処理は過去に金融危機の引き金にもなりました。
2000年代初め、りそな銀行は繰延税金資産の計上額を巡って監査法人と対立。最終的には資本不足と判定され、公的資金の注入につながりました。
このケースは、繰延税金資産が単なる会計技術ではなく、経営そのものを左右する重大な要素であることを象徴しています。
投資家が注目すべきポイント
投資家や一般の方が決算書を読む際には、繰延税金資産がどの程度計上されているかをチェックするのも有効です。
- バランスシート(貸借対照表)の「繰延税金資産」の金額
- 注記にある「回収可能性に関する説明」
- 実効税率との乖離(税引前利益×税率と実際の税負担との差)
これらを見ることで、その企業が将来どれだけ利益を出せると見込んでいるか、逆に見込みが甘くないかを判断するヒントになります。
まとめ
- 繰延税金資産は「将来の税金を軽くする効果」を資産化したもの
- 計上には「将来の利益があること」が条件
- 業績悪化や減損で収益見込みが下がると取り崩しが必要
- 過去には取り崩しが銀行救済に直結した例もある
- 投資家にとっても、企業の将来を読む大切な材料
👉参考:日本経済新聞「会計フォローアップ(3)税効果会計 財務と税務のズレ調整」(2025年9月18日付 朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
