「給付付き税額控除」という言葉が、政策の中心に戻ってきました。
高市政権が掲げる「税と社会保障の一体改革」では、低中所得層への直接支援の柱としてこの制度の導入が検討されています。
単なる給付策ではなく、働く人を支援しながら可処分所得を底上げする“再分配の新インフラ”――それが給付付き税額控除の狙いです。
今回は、その制度の仕組みと課題、そして積極財政との関係を整理します。
1. 給付付き税額控除とは
給付付き税額控除(英語では「Refundable Tax Credit」)とは、所得税額から一定の金額を差し引く「税額控除」に加え、控除しきれない分を現金で給付する制度です。
たとえば、低所得者が税負担を負わない場合でも、給付金として一定額が支払われる仕組みです。
この制度は、欧米ではすでに主要な再分配政策として機能しています。
米国の「EITC(Earned Income Tax Credit)」、英国の「ワーキングタックスクレジット」などが代表例で、
共通して「働く意欲を損なわずに所得を支援する」点が特徴です。
日本でも過去に導入が議論されましたが、所得把握の難しさや行政コストの問題から本格的な制度化には至っていません。
しかし、マイナンバー制度の普及、電子申告の定着、デジタル給与明細の導入などにより、制度基盤は大きく変化しています。
2. 仕組みと期待される効果
給付付き税額控除は、次の3つの層を中心に効果が期待されています。
| 対象層 | 支援の目的 | 期待される効果 |
|---|---|---|
| 低所得勤労世帯 | 就労継続と生活安定 | 「働いても報われる」所得支援 |
| 子育て・教育世帯 | 教育費・生活費の補填 | 少子化対策との連動 |
| 非正規雇用層 | 社会保険・年収の壁対策 | 就労調整の緩和・可処分所得の増加 |
この制度は、単なる給付金ではなく、「働くことを前提とした支援」である点に意義があります。
年収の壁問題や格差拡大の抑制に寄与し、企業の賃上げ効果を補完する役割も果たします。
財政的には、租税特別措置(企業向け減税)の整理による財源転換で賄う構想が検討されています。
つまり、「企業支援型」から「家計支援型」への再配分を意図する仕組みです。
3. 制度設計上のポイント
導入にあたっての設計課題は大きく3つあります。
① 所得把握の精度向上
マイナンバー連携により、給与・年金・事業所得などを迅速かつ正確に把握できる体制が整いつつあります。
これを活かし、行政の自動判定で給付額を計算する「ワンストップ・リファンド方式」の実現が鍵となります。
② 就労インセンティブの維持
給付額を一律にせず、所得の増加とともに段階的に減少させる“スライド設計”が重要です。
働くほどに可処分所得が増える構造を維持しなければ、「働き損」の逆転現象が生じかねません。
③ 地方自治体との連携
地域ごとの物価や生活費に応じて給付額を調整する仕組みが求められます。
特に住宅・教育費が高い都市部と、生活コストの低い地方とでは支援ニーズが異なります。
これらの課題を解決することで、制度は単なる税制ではなく、社会保障と一体化した生活支援のプラットフォームとして機能します。
4. 積極財政と「再分配の新インフラ」
高市政権の掲げる「責任ある積極財政」は、歳出拡大と財政規律の両立を目指します。
給付付き税額控除は、その中核に位置する“新インフラ”です。
これまでの租税特別措置は、企業活動の促進を目的とする「供給サイド型」支援でした。
これに対し、給付付き税額控除は「家計を起点とする成長循環」を目指す仕組みです。
家計支援によって消費を刺激し、結果的に企業の売上・投資拡大へ波及させるという「内需主導型の積極財政」へ転換する意図があります。
制度の定着には、国民の理解と信頼が不可欠です。
「公正に支援されている」という実感を持てる制度運営こそが、積極財政を持続可能にする基盤となります。
結論
給付付き税額控除は、単なる税制改正ではなく、日本の再分配構造を根本から変える仕組みです。
それは、福祉・税・労働の垣根を超えた「新しい社会保障インフラ」としての意味を持ちます。
企業支援から家計支援へ、そして「働く人を支える社会」へ――。
積極財政を「人への投資」へと転換する第一歩が、給付付き税額控除の制度化です。
今後の焦点は、どこまで実現的な制度設計がなされ、2026年度以降の税制改正大綱に反映されるか。
日本の再分配政策は、いままさに転換期を迎えています。
出典
・日本経済新聞「税と社会保障の一体改革に給付付き税額控除を検討」(2025年10月)
・財務省「所得再分配と税制の現状分析(令和6年度版)」
・内閣府「給付付き税額控除制度に関する中間整理」
・OECD「Tax Policy and Inclusive Growth」(2024年)
・米国財務省「Earned Income Tax Credit Annual Report(2023)」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
