企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進むなかで、経理業務のデジタル化を進めようとする企業は増えています。請求書処理、経費精算、会計入力など、日常的な業務の負担を軽減するためにシステム導入を検討するケースも少なくありません。
しかし実際には、「システムを導入したのに業務が楽にならない」「むしろ確認作業が増えた」という声が多く聞かれます。これはITの問題というよりも、業務プロセスの整理が不十分なままシステム導入を進めてしまうことが原因である場合が多いと指摘されています。
本稿では、経理業務を起点として企業のDXをどのように進めていくべきか、その基本的な考え方を整理します。
経理DXが失敗する典型的な理由
DXがうまくいかない最大の理由は、システム導入だけで業務が改善すると考えてしまうことです。
企業の業務は、営業・購買・現場など複数の部門が関わる一連の流れで構成されています。経理はその最終工程に近い位置にあり、前工程の情報を集約して処理する役割を担っています。
たとえば次のような状況は多くの企業で見られます。
・請求書に必要な情報が不足している
・経費申請のルールが曖昧
・証憑の添付が不十分
・入力ミスや修正が頻発する
このような問題がある状態でシステムを導入しても、根本的な問題は解決されません。結果として、経理部門が確認や差戻しを繰り返すことになり、かえって業務負担が増えてしまうのです。
つまり、DXの失敗は「ITの問題」ではなく「業務設計の問題」である場合が少なくありません。
DXを成功させる「前工程を見る」という発想
経理業務のDXを進めるうえで重要なのは、「前工程」に目を向けることです。
多くの企業では、問題が発生してから対処するという形になりがちですが、実際には問題の多くは前工程に原因があります。請求書処理を例にとると、営業部門や現場で作成された取引情報が不十分な状態で経理に回ってくることで、確認作業や差戻しが発生することになります。
このような状況を改善するためには、経理処理の段階で対応するのではなく、問題が発生する前の工程に目を向けることが重要です。
ソフトウェア開発の分野では、このような考え方を「シフトレフト(Left Shift)」と呼びます。問題が顕在化する後工程ではなく、できるだけ前工程で課題を解決するという発想です。
経理DXにおいても、この視点は非常に重要です。経理処理の効率化を考える際には、経理部門だけを見るのではなく、営業・購買・現場など業務全体の流れを見直す必要があります。
業務を整理するための5つの視点
DXを進める前に、まず行うべきなのは業務の要件整理です。ここで重要なのは、システムの仕様書を作ることではなく、業務内容を言語化して関係者の認識を揃えることです。
業務整理の際には、次の5つの視点が有効とされています。
1 Trigger(きっかけ)
どのような出来事が起きたときに業務が開始されるのかを整理します。例えば、請求書が届いた、申請書が提出された、月末になったなどです。
2 Input(入力情報)
業務を開始するために必要な情報や資料を確認します。証憑、取引先情報、日付、金額などが該当します。
3 Process(処理)
入力された情報を用いて、どのような作業や判断を行うのかを整理します。チェック、承認、修正、会計入力などの作業です。
4 Output(成果物)
業務の結果として何が生まれるのかを確認します。帳票、会計データ、次工程への引き渡し情報などです。
5 Role(役割)
誰がその業務を担当し、誰が最終判断者になるのかを明確にします。
これらを整理することで、業務の流れが可視化され、どこで問題が発生しているのかが見えてきます。
課題を洗い出し、優先順位を付ける
業務を整理すると、さまざまな課題が見えてきます。例えば次のような問題です。
・入力ミスが多い
・経費精算の差戻しが頻発している
・支払処理で修正が何度も発生している
・締切直前に業務が集中する
・入金消込に時間がかかる
重要なのは、これらの課題をすべて一度に解決しようとしないことです。
課題には優先順位を付ける必要があります。その際には「効果」と「実行のしやすさ」という2つの軸で整理する方法が有効です。
・効果が大きく、実行しやすいもの
・効果は大きいが、実行が難しいもの
・効果は小さいが、すぐ改善できるもの
このように整理することで、最初に取り組むべき課題が見えてきます。
小さな成功事例を積み重ねることで、社内の理解や協力を得やすくなり、DXの推進がスムーズになります。
DXは「導入して終わり」ではない
DXはシステム導入がゴールではありません。むしろ、導入後の運用こそが重要です。
実際に運用を始めると、想定していなかった使いづらさや例外処理が見えてくることがあります。また、時間の経過とともに業務内容そのものが変化することもあります。
そのため、定期的に業務を振り返り、業務とシステムのズレを確認する場を設けることが重要です。月に1回程度でも、関係者が集まって改善点を共有することで、業務改善を継続的に進めることができます。
DXは一度の改革で完成するものではなく、小さな改善を積み重ねていく取り組みです。
結論
経理DXを成功させるためには、システム導入だけに注目するのではなく、業務プロセスそのものを見直すことが重要です。
特に経理部門は業務の最終工程に近い位置にあるため、会社全体の業務の歪みや非効率に気付きやすい立場にあります。経理を起点として業務の流れを整理し、前工程の課題に目を向けることが、DXを実務に根付かせる近道になります。
デジタル活用は目的ではなく手段です。現場の課題を起点に業務を見直し、小さな改善を積み重ねていくことが、企業のDXを着実に進めるための基本といえるでしょう。
参考
株式会社リベロ 武内俊介
企業実務 2026年3月号
「システムに振り回されない!経理業務を起点に考えるデジタル活用の進め方」
