築古マンションは、これまで「相続対策として有利な資産」として広く認識されてきました。
評価額が市場価格より低く抑えられる構造を利用した、いわゆる不動産節税です。
しかし、その前提は大きく揺らぎ始めています。
マンションの老朽化問題、再生困難、管理不全の増加――これらは単なる不動産問題ではなく、税制との不整合を生み出しています。
本稿では、築古マンションに内在する「相続税の歪み」を整理し、その意味を考えます。
なぜ築古マンションは相続税上“有利”だったのか
まず、基本構造を確認します。
相続税における不動産評価は以下のように行われます。
- 土地:路線価(時価の約8割)
- 建物:固定資産税評価額(時価の5〜7割程度)
さらにマンションの場合
- 土地は共有持分で分割される
- 建物は経年劣化で評価が下がる
結果として
「市場価格よりも大幅に低い評価額」
が生じます。
これが節税の源泉です。
築古になるほど評価は下がるが、リスクは上がる
ここに構造的な問題があります。
築年数が進むと
- 建物評価は低下する(税務上は有利)
- しかし現実のリスクは上昇する
具体的には
- 修繕費の増加
- 建て替え困難
- 管理不全リスク
- 流動性の低下
つまり
「評価は下がるが、価値も下がる」
のではなく
「評価以上に価値が下がる」
ケースが増えているのです。
制度が前提としている世界と現実のズレ
相続税評価の前提はシンプルです。
- 不動産には一定の市場価値がある
- 売却すれば現金化できる
しかし、築古マンションではこの前提が崩れ始めています。
例えば
- 買い手がつかない
- 売却価格が大幅に下落
- 管理不全で市場から敬遠される
この場合
「評価額>実際の売却可能価値」
という逆転現象が起きます。
これが歪みの本質です。
“節税資産”から“負動産”への転換
従来の発想はこうでした。
- 現金 → マンション
- 評価圧縮 → 相続税減少
しかし今後は
- マンション → 維持困難資産
- 処分困難 → 負担増加
という構造に変わりつつあります。
特に以下の条件が重なると危険です。
- 築40年以上
- 小規模マンション
- 修繕積立金不足
- 所有者の高齢化
この場合、相続した時点で
- 売れない
- 貸せない
- 修繕費がかかる
という状態になり得ます。
税制改正の方向性との関係
近年の税制は明確な方向性を持っています。
- 評価と実態の乖離を是正する
- 租税回避的な利用を抑制する
貸付用不動産の評価見直しもその一環です。
築古マンションについても、今後は
- 実態価値に近づける方向
- 利用実態を反映する方向
での見直しが議論される可能性があります。
つまり
「評価が低いから有利」
という単純な構図は続かない可能性があります。
相続実務で起きている変化
実務の現場では、すでに変化が見えています。
① 共有状態の固定化
- 相続人間で意思統一できない
- 売却・修繕が進まない
② 放置マンションの増加
- 管理費未払い
- 空室増加
③ 相続放棄の増加
- 維持コストを嫌う
- 不動産を引き継がない選択
これは、これまでの
「不動産は持っていれば価値がある」
という前提の崩壊を意味します。
個人戦略として何を考えるべきか
この問題は、単なる制度論ではなく、個人の意思決定に直結します。
ポイントは3つです。
① 相続時の“出口”を確認する
- 売却可能か
- 再生可能か
- 賃貸需要があるか
② 保有コストを見積もる
- 修繕積立金の将来増額
- 一時負担の可能性
- 管理費の上昇
③ 分割可能性を考える
- 共有化すると処理困難
- 現金化できるかが重要
つまり
「節税になるか」ではなく
「処理できるか」
で判断する必要があります。
結論
築古マンションは、これまで相続対策の有力な選択肢とされてきました。
しかし、その前提となる評価制度と現実の間には、無視できない乖離が生じています。
今後は
- 評価の有利性
- 実際の流動性
- 維持コスト
を一体で考える必要があります。
不動産は「評価で見る資産」ではなく
「出口で判断する資産」です。
築古マンションを巡る問題は、単なる不動産の話ではありません。
それは、税制と現実のズレが表面化した典型例です。
参考
日本経済新聞(2026年3月22日 朝刊)
国土交通省 マンション政策関連資料
各種相続税評価に関する資料