企業価値の源泉が「人」に移りつつある中で、近年注目が高まっているのが「人的資本経営」です。
従来は財務資本中心の経営が一般的でしたが、AI・DX、労働力不足、イノベーションの必要性などを背景に、人的資本への投資が企業の持続的成長を左右するようになりました。
その中で、役員報酬制度にも変化が起きています。
報酬制度は経営の方向性を示すメッセージ性を持つため、人的資本戦略と連動させる企業が増えているのです。
本稿では、人的資本経営と役員報酬がなぜ結びつくのか、そのポイントと課題を分かりやすく整理します。
1. 人的資本経営とは ― “人を資産としてとらえる経営”
人的資本経営とは、従業員を「コスト」ではなく「価値を生み出す資本」と捉えて投資する経営の考え方です。
人的資本投資の代表例
- 教育・研修
- リスキリング(再教育)
- キャリア開発
- 多様性(D&I)推進
- 労働環境の改善
- 健康経営
- エンゲージメント向上施策
これらは短期的な利益には表れにくいものの、
長期的に企業価値を高める“無形資産” として重要視されています。
人的資本情報の開示が義務化され始めたことで、
経営と報酬制度の連動がより強く求められるようになりました。
2. なぜ役員報酬と人的資本を連動させるのか
役員報酬制度は、経営者の行動を誘導する「経営の羅針盤」の役割を持ちます。
人的資本経営を進めたいのであれば、報酬制度に反映するのは自然な流れです。
■ 理由①:人的資本は長期成果のため、報酬制度と相性が良い
教育・リスキリング・DX人材育成などは、成果が数年後に出る取り組みのため、
長期インセンティブ(LTI)と組み合わせやすい
特徴があります。
■ 理由②:投資家が“非財務KPI”を強く意識し始めた
- 女性管理職比率
- 離職率
- エンゲージメント
- 生産性
- スキル構成
こうした非財務の人的資本指標が、投資家の評価項目に含まれるようになっています。
■ 理由③:人材不足時代に、経営が“人”に向き合っているかを示す必要
優秀な人材を惹きつける企業は、
「人的資本をどれだけ大事に扱っているか」
を明確に示す必要があります。
報酬制度に人的資本KPIを入れることは、対外的なメッセージにもなります。
3. 人的資本系KPIの具体例
人的資本と役員報酬を連動させる際、どのような指標を採用するのでしょうか。
代表的なものを整理します。
■ (1)ダイバーシティ(D&I)
- 女性管理職比率
- 女性役員比率
- 多様な人材の採用状況
欧州を中心に重要性が高く、日本でも導入が進みつつあります。
■ (2)エンゲージメント(従業員の働く意欲)
- エンゲージメントサーベイのスコア
- 離職率
- 社員満足度
従業員の意欲と生産性が企業価値に直結します。
■ (3)育成・スキル投資
- 教育投資額
- DX人材育成人数
- リスキリング完了率
人的資本投資の計画性・質を測る指標です。
■ (4)健康・安全
- 労働災害の発生率
- 健康経営指標
- メンタルヘルス施策の実施状況
生産性維持と離職防止に直結する項目です。
■ (5)生産性
- 一人当たり利益
- 一人当たり付加価値
人的資本への投資成果を“アウトプット”として評価する方法です。
4. KPI設定のポイント ― “結果だけでなくプロセスも評価”
人的資本に関するKPIは、以下のポイントを押さえると機能しやすくなります。
■ ① 達成可能性と測定可能性
人的資本指標は曖昧になりやすいため、
「数値化」「定義の明確化」が必須です。
■ ② 長期指標に設定し、短期偏重を避ける
人的資本は本質的に長期投資です。
数年単位の評価が適しています。
■ ③ 結果だけでなく取り組み(インプット)も評価
例:
- 女性活躍の結果だけでなく“女性管理職候補の育成施策”を評価
- 離職率だけでなく“職場改善施策の実行度”を評価
これにより持続的な改善が進みます。
■ ④ 財務KPIとのバランス
人的資本だけで評価すると経営の軸がぶれるため、
ROIC・ROE・TSRなど財務指標との組み合わせが必須です。
5. 人的資本経営と報酬制度の一体化は加速する
今後の企業では、以下のような構造が主流になると考えられます。
- 中計に人的資本戦略を明確化
- 人材投資と生産性指標の連動
- 役員報酬のKPIに非財務指標を組み込み
- 評価プロセスの透明化
- 統合報告書・有価証券報告書で詳細開示
人的資本は企業価値そのものとして評価される時代になりつつあり、
報酬制度を通じて経営者の行動を誘導することが求められます。
結論
人的資本経営は「人材に投資し、その成果を長期的に回収する」経営であり、役員報酬制度と極めて相性が良い考え方です。
人的資本KPIを報酬に組み込むことは、単なる制度変更ではなく、企業文化や経営姿勢そのものを変える取り組みです。
今後の日本企業に求められるのは、
財務KPI(ROIC・TSRなど)と人的資本KPIの両方をバランスよく組み合わせ、長期的な企業価値向上を実現する報酬制度をつくること
です。
役員報酬は企業戦略を映す鏡です。人的資本と連動した報酬制度を設計できる企業は、持続的な成長を実現できる可能性が高いといえるでしょう。
出典
・人的資本経営指針(経産省)
・企業の統合報告書(人的資本KPIの開示)
・日本経済新聞(人的資本・ガバナンス関連記事)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
