第3回 これからの相続税のあり方――法定相続分課税方式の限界と見直し論

税理士
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相続税は「誰のための税制なのか」。
この問いは、税の公平性や富の再分配という根本に関わります。

現行の日本の相続税は「法定相続分課税方式」という独特な仕組みをとっています。
一見すると合理的に見えますが、実は“納税者自身が自分の税額を正確に計算できない”という、
構造的な欠陥を抱えているのです 。

今回は、その課題と、今後の「遺産取得課税方式」への転換可能性を探ります。


1.日本の相続税の仕組み ― 法定相続分課税方式とは

現在の日本の相続税は、遺産を一度全体で評価し、
「法定相続分」に基づいて仮計算した税額を全体で求め、
それを相続人それぞれの実際の取得割合で按分する仕組みです。

つまり、まず遺産全体の“仮の総額”で税を計算し、その後に個別の負担額を配分するという流れです。

メリット

  • 遺産課税方式(全体課税)と遺産取得課税方式(個別課税)の長所を折衷
  • 相続人ごとの取得に応じた累進税率の適用が可能
  • 税務上の一貫性を保ちやすい

デメリット

  • 自分の税額が他の相続人の取得内容によって変わる
  • 他の相続人が受けた贈与や保険金・退職金によって、自分の税額が増減する
  • 全員の財産情報を開示しないと正しい税額が確定しない

このため、“自分の税額を自分で確定できない税制”と揶揄されることもあります 。


2.遺産課税方式と遺産取得課税方式の違い

世界の相続税制には大きく2つの方式があります。

区分遺産課税方式遺産取得課税方式
概要被相続人の遺産全体に課税各相続人が取得した財産に課税
主な採用国アメリカ・イギリスドイツ・フランス
長所総額管理が容易・公平感個人の担税力に応じた課税が可能
短所個別負担が不明確遺産総額の把握が複雑

日本は両者の折衷型(法定相続分課税方式)ですが、
実際には“誰がどれだけ負担するか”が不透明で、手続上の煩雑さも指摘されています 。


3.現行方式の欠陥 ― なぜ「中立的」ではないのか

税制の理想は、「資産移転の時期の選択に中立的」であること。
つまり、「相続で受け取っても、贈与で受け取っても、税負担は公平」という状態です。

しかし、現行制度では――

  • 相続人の数によって基礎控除が変わり、税負担が上下する
  • 贈与を受けた相続人がいると、他の人の税額まで影響を受ける
  • 小規模宅地の特例などの適用者がいると、全体の課税価格が減り、他の人の税額も軽くなる

つまり、「誰がどれだけ贈与や特例を使ったか」で全員の税負担が変動する仕組みになっています 。

このため、相続人が多いほど課税価格が大きくなり、結果的に税額も増えるという“逆転現象”も起こり得ます。

例:
総遺産が1億円の場合

  • 相続人1人 → 課税価格 6,400万円
  • 相続人3人 → 課税価格 8,400万円(税負担が増加)

これは、「富の分配を促す税」であるはずの相続税が、
人数によって“逆に不公平”になるという構造的矛盾を抱えているのです。


4.見直し論の再燃 ― 税制調査会の指摘

2023年6月、政府の税制調査会は報告書で次のように言及しました。

「現行の課税方式では、自らの納税額の計算において他の相続人の影響を受けてしまう。
実際に移転を受けた財産額に応じた課税や、富の集中の抑制といった観点からは、
遺産取得課税方式を検討すべきである。」

つまり、「個人単位で完結する相続税」への転換を明確に示唆したのです。

この背景には、

  • 相続税の課税割合(納税者割合)が再び10%近くに上昇している
  • 富裕層の資産移転が世代間格差を拡大している
  • 生前贈与・遺言・信託など、形態が多様化している
    といった社会的要因があります。

5.遺産取得課税方式が導入されたらどうなる?

もし日本が「遺産取得課税方式」に移行すると、次のような変化が予想されます。

観点期待される効果懸念点
公平性各人の取得額に応じた課税で格差是正相続財産全体の管理が煩雑化
透明性自分の税額を自分で計算できる全員分の申告・調整が必要
富の再分配富裕層への集中抑制実務・システムの大幅改修
家族関係贈与・遺言の設計が明確化生前対策の柔軟性が減少

税制としては理想的でも、実務・システム両面のコストは大きいと考えられます。
そのため、すぐに全面移行とはならず、段階的に「中立性を高める」形が現実的です。
7年加算や相続時精算課税の改正も、その“前哨戦”といえます。


6.FP・税理士として考える「これからの相続」

これからの相続対策は、節税中心から「資産の循環」へと変わります。

  • 長寿化に備え、世代間で資産を流動させる
  • 贈与・信託・保険・遺言を組み合わせた総合設計
  • AIやクラウドを使った「贈与履歴の見える化」

相続税制の改正は、単に「負担を増やす」ためではなく、
“資産が社会で生きる時間を延ばす”ための再設計でもあります。

💬ワンポイントアドバイス:
「うちはまだ関係ない」と思っている人ほど、
生前贈与・遺言・財産管理の“設計図”を早めに描いておきましょう。


まとめ

観点現行制度今後の方向性
加算期間相続開始前7年以内より長期化も視野(10年~一生涯)
課税方式法定相続分課税方式遺産取得課税方式への検討
税制理念家族単位個人単位・中立的課税へ
目的富裕層課税公平な資産移転と社会的再分配

参考資料

東京税理士協同組合 教育情報事業配布資料
「全国統一研修会:資産移転の時期の選択に中立的な税制」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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