相続税は「誰のための税制なのか」。
この問いは、税の公平性や富の再分配という根本に関わります。
現行の日本の相続税は「法定相続分課税方式」という独特な仕組みをとっています。
一見すると合理的に見えますが、実は“納税者自身が自分の税額を正確に計算できない”という、
構造的な欠陥を抱えているのです 。
今回は、その課題と、今後の「遺産取得課税方式」への転換可能性を探ります。
1.日本の相続税の仕組み ― 法定相続分課税方式とは
現在の日本の相続税は、遺産を一度全体で評価し、
「法定相続分」に基づいて仮計算した税額を全体で求め、
それを相続人それぞれの実際の取得割合で按分する仕組みです。
つまり、まず遺産全体の“仮の総額”で税を計算し、その後に個別の負担額を配分するという流れです。
メリット
- 遺産課税方式(全体課税)と遺産取得課税方式(個別課税)の長所を折衷
- 相続人ごとの取得に応じた累進税率の適用が可能
- 税務上の一貫性を保ちやすい
デメリット
- 自分の税額が他の相続人の取得内容によって変わる
- 他の相続人が受けた贈与や保険金・退職金によって、自分の税額が増減する
- 全員の財産情報を開示しないと正しい税額が確定しない
このため、“自分の税額を自分で確定できない税制”と揶揄されることもあります 。
2.遺産課税方式と遺産取得課税方式の違い
世界の相続税制には大きく2つの方式があります。
| 区分 | 遺産課税方式 | 遺産取得課税方式 |
|---|---|---|
| 概要 | 被相続人の遺産全体に課税 | 各相続人が取得した財産に課税 |
| 主な採用国 | アメリカ・イギリス | ドイツ・フランス |
| 長所 | 総額管理が容易・公平感 | 個人の担税力に応じた課税が可能 |
| 短所 | 個別負担が不明確 | 遺産総額の把握が複雑 |
日本は両者の折衷型(法定相続分課税方式)ですが、
実際には“誰がどれだけ負担するか”が不透明で、手続上の煩雑さも指摘されています 。
3.現行方式の欠陥 ― なぜ「中立的」ではないのか
税制の理想は、「資産移転の時期の選択に中立的」であること。
つまり、「相続で受け取っても、贈与で受け取っても、税負担は公平」という状態です。
しかし、現行制度では――
- 相続人の数によって基礎控除が変わり、税負担が上下する
- 贈与を受けた相続人がいると、他の人の税額まで影響を受ける
- 小規模宅地の特例などの適用者がいると、全体の課税価格が減り、他の人の税額も軽くなる
つまり、「誰がどれだけ贈与や特例を使ったか」で全員の税負担が変動する仕組みになっています 。
このため、相続人が多いほど課税価格が大きくなり、結果的に税額も増えるという“逆転現象”も起こり得ます。
例:
総遺産が1億円の場合
- 相続人1人 → 課税価格 6,400万円
- 相続人3人 → 課税価格 8,400万円(税負担が増加)
これは、「富の分配を促す税」であるはずの相続税が、
人数によって“逆に不公平”になるという構造的矛盾を抱えているのです。
4.見直し論の再燃 ― 税制調査会の指摘
2023年6月、政府の税制調査会は報告書で次のように言及しました。
「現行の課税方式では、自らの納税額の計算において他の相続人の影響を受けてしまう。
実際に移転を受けた財産額に応じた課税や、富の集中の抑制といった観点からは、
遺産取得課税方式を検討すべきである。」
つまり、「個人単位で完結する相続税」への転換を明確に示唆したのです。
この背景には、
- 相続税の課税割合(納税者割合)が再び10%近くに上昇している
- 富裕層の資産移転が世代間格差を拡大している
- 生前贈与・遺言・信託など、形態が多様化している
といった社会的要因があります。
5.遺産取得課税方式が導入されたらどうなる?
もし日本が「遺産取得課税方式」に移行すると、次のような変化が予想されます。
| 観点 | 期待される効果 | 懸念点 |
|---|---|---|
| 公平性 | 各人の取得額に応じた課税で格差是正 | 相続財産全体の管理が煩雑化 |
| 透明性 | 自分の税額を自分で計算できる | 全員分の申告・調整が必要 |
| 富の再分配 | 富裕層への集中抑制 | 実務・システムの大幅改修 |
| 家族関係 | 贈与・遺言の設計が明確化 | 生前対策の柔軟性が減少 |
税制としては理想的でも、実務・システム両面のコストは大きいと考えられます。
そのため、すぐに全面移行とはならず、段階的に「中立性を高める」形が現実的です。
7年加算や相続時精算課税の改正も、その“前哨戦”といえます。
6.FP・税理士として考える「これからの相続」
これからの相続対策は、節税中心から「資産の循環」へと変わります。
- 長寿化に備え、世代間で資産を流動させる
- 贈与・信託・保険・遺言を組み合わせた総合設計
- AIやクラウドを使った「贈与履歴の見える化」
相続税制の改正は、単に「負担を増やす」ためではなく、
“資産が社会で生きる時間を延ばす”ための再設計でもあります。
💬ワンポイントアドバイス:
「うちはまだ関係ない」と思っている人ほど、
生前贈与・遺言・財産管理の“設計図”を早めに描いておきましょう。
まとめ
| 観点 | 現行制度 | 今後の方向性 |
|---|---|---|
| 加算期間 | 相続開始前7年以内 | より長期化も視野(10年~一生涯) |
| 課税方式 | 法定相続分課税方式 | 遺産取得課税方式への検討 |
| 税制理念 | 家族単位 | 個人単位・中立的課税へ |
| 目的 | 富裕層課税 | 公平な資産移転と社会的再分配 |
参考資料
東京税理士協同組合 教育情報事業配布資料
「全国統一研修会:資産移転の時期の選択に中立的な税制」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

