近年、役員報酬の評価指標として「ROIC(投下資本利益率)」を採用する企業が増加しています。従来は売上高や営業利益を基準として報酬を決める企業が一般的でしたが、2025年時点では日経平均株価採用企業の約14%が短期の変動報酬にROICを導入し、3年前の2倍弱に拡大しました。
なぜ日本企業でROIC連動報酬が広がっているのでしょうか。本稿では、ROICが評価される背景と、企業・投資家にとってどのようなメリットがあるのかをわかりやすく整理します。
1. ROICとは何か ― “投じた資本をどれだけ増やしたか”の指標
ROIC(Return on Invested Capital)は、事業に投じた資本をどれだけ効率的に使って利益を生み出したかを示す指標です。
計算式は一般的に以下の通りです。
ROIC = 税引後営業利益(NOPAT)÷ 投下資本(有利子負債+自己資本)
投資家が企業の収益力を評価する際に重視する指標であり、資本コスト(調達コスト)を上回るROICを長期間維持できる企業は「企業価値が高い」と評価されます。
ROICは、単に利益額を見るのではなく、
“その利益を生むためにどれだけ資本を使ったか”
に着目する点が特徴です。これが企業の資本効率を測るうえで非常に相性の良い指標となっています。
2. 売上や営業利益からROICへ ― なぜ指標が変わるのか
従来の報酬指標である「売上」「営業利益」には次のような課題がありました。
(1)売上重視は投資過大や利益率低下を招きやすい
売上を伸ばすために必要以上の設備投資や人件費を増やすと、利益を圧迫する可能性があります。
(2)営業利益単独では“資本の使い方”を評価できない
営業利益が高く見えても、多額の投資を要する事業では資本効率が低く、企業価値向上につながらないケースがあります。
(3)ROEは「借入を増やすと数値が上がる」という弱点
ROE(株主資本利益率)は自己資本に限定された指標であり、有利子負債を増やすことで見かけ上数値を良く見せることが可能です。
こうした課題を踏まえ、
“事業に使ったすべての資本”を対象にするROICの方が経営実態に合う
と判断する企業が増えています。特に製造業など資本集約型の業種ではROICの方が適切であるケースが多くみられます。
3. ROIC連動報酬が増える背景 ― ガバナンス強化と市場の圧力
企業がROICを報酬指標に採用する背景には、日本企業を取り巻く構造的な変化があります。
(1)東証による「資本効率改善」の要請
2023年以降、東証は上場企業に「資本コスト・ROEを意識した経営」を強く求めています。
結果として、ROICやROEを実際の経営・報酬制度に組み込む動きが広がっています。
(2)投資家からの評価ポイントが変化
投資家は「利益額」より「資本効率」「持続的な企業価値創造」を重視するようになり、ROICを使う企業が好意的に見られる傾向があります。
(3)中計(中期経営計画)との整合性
多くの企業が中計において「ROIC改善」を掲げるようになり、経営者の報酬指標を中計のKPIと揃えるケースが増えました。
成果指標と報酬が一致することで、経営の一貫性が高まります。
4. 企業にとってのメリット ― 経営の質が高まる
ROIC連動報酬を採用することで、企業には次のようなメリットがあります。
■ 経営者の意思決定が“資本効率”を基準に変わる
ROICを意識することで、
- 過剰投資の抑制
- 不採算事業の撤退判断
- 資産のスリム化
など資本効率を高める意思決定が進みやすくなります。
■ バランスシートを使いこなす経営へ
「PL(損益計算書)」中心の経営から、
“BS(貸借対照表)を意識した経営”
へシフトするメリットがあります。
■ 企業価値向上につながる
資本コストを上回るROICを維持できれば、企業価値(株価)の向上につながり、投資家からの評価も高まります。
5. 投資家にとってのメリット ― 透明性と信頼性の向上
ROIC連動報酬は投資家からも高く評価されています。
- 経営者の行動が企業価値向上と一致しやすい
- 過度な売上至上主義や短期利益偏重が抑制される
- ガバナンスの透明性が高まる
- 財務体質の健全化につながる
特に機関投資家にとって、ROICを重視する企業は“資本を適切に使う企業”として長期的な投資対象になりやすくなります。
6. 導入企業の事例
近年、多くの上場企業がROICを導入しています。
- J.フロントリテイリング
営業利益から「事業利益+ROIC」へ切り替え。 - NTN
従来の売上・営業利益・純利益からROIC連動へ。 - TDK
ROEからROICへ変更し、中期計画とも連動。
これらの企業に共通するのは、
“資本効率を明確な経営目標にしている”
という点です。
結論
ROIC連動報酬が広がっているのは、企業が「資本効率」を重視する経営へと進化している証拠です。投下した資本をどれだけ効率的に使い、持続的な価値を創造しているかを測るROICは、企業経営の質を高める指標として非常に相性が良いものです。
東証や投資家の要請も後押しし、ROICを報酬制度に組み込む企業は今後さらに増えると考えられます。役員報酬制度の変化を追うことは、日本企業のガバナンス改革の進展を理解するうえで重要な視点となるでしょう。
出典
・日本経済新聞「経営者の報酬、ROIC連動が増加」
・各社の中期経営計画・報酬制度開示資料
・投資家向けガバナンス関連資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
