第1回 AIが変える税務行政 ― 納税コールセンターの進化と「声の徴収官」の実力 ―

効率化
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日本では、毎年約1兆円近い税金が滞納されています。
滞納と聞くと一部の特殊なケースが思い浮かびますが、実際には資金繰り悪化や手続きの遅れなど、日常的な事情から生まれるケースも少なくありません。

納税は社会全体を支える重要な仕組みであり、滞納額が増えれば行政サービスや財政運営にも影響が及びます。この負担を軽減するため、全国12の「納税コールセンター」が日々数多くの納付指導を行っています。

そして近年、このコールセンターの現場に「AI(人工知能)」が導入されました。地道な電話業務の中に、AIがどのように活かされ、どのような成果を上げているのか。
本稿では、あまり知られていない“税務×AI”の実態を紹介します。

1.年間9925億円の滞納と、その最前線を担う仕組み

最新データによると、日本の国税滞納額は年間で約9,925億円に上ります。滞納理由はさまざまですが、放置すれば国の財源に直接影響するため、早期の対応が求められます。

その一次対応を担っているのが、全国12カ所に設置されている納税コールセンターです。

  • 督促状を送付済みの法人・個人へ電話で連絡
  • 事情を丁寧に聞き取る
  • 納付期限や手続きの説明
  • 納付計画が必要な場合は税務署につなぐ

税務署単体ではカバーしきれない滞納整理を、専門的・効率的に行うための仕組みとして2002年から運用されています。いわば「声の徴収官」として、裏方の税務行政を支えている存在です。

2.109万件の案内で“約7割完納”という実績

国税庁によると、2024年7月までの1年間で、全国のコールセンターが対応した件数は約109万件
そのうち約7割が完納に至りました。

電話による丁寧な案内と聞き取りが、これだけの成果を生み出していることは注目に値します。

さらに、コールセンターが担当し、完納に導いた金額は約3,880億円。地道な取り組みではありますが、社会全体の税収を支える大きな役割を果たしています。

3.「声の徴収官」の仕事は、ただ電話をかけるだけではない

コールセンターの仕事は想像以上に高度です。
東京国税局のセンターでは約70人が勤務しており、業務の中心は次のようなものです。

  • 説明をしても納得されないケースへの丁寧な対応
  • 時に相手が怒り出す状況でも冷静に話を進めるスキル
  • 特殊詐欺と誤解されないための工夫
  • 多言語対応(英語・中国語など)
  • 毎朝のミーティングで事例共有と改善

こうした日々の努力によって信頼を得て、納税者の理解と協力につなげています。
「声の徴収官」の仕事は、まさに人間のコミュニケーション能力が要求される専門職と言えます。

4.AI導入で変わったこと ― 架電の順序が“最適化”される

2022年、滞納コールセンターにAIが導入されました。
AIと言っても、ロボットが自動で電話をかけるわけではありません。導入されたのは、「どの滞納者に、どのタイミングで電話をかければつながる可能性が高いか」を分析・予測する仕組みです。

AIは次の情報を分析します。

  • 過去の応答履歴
  • 業種や所在地
  • 電話のつながりやすい時間帯
  • 滞納額や特性

これによって、職員は「つながりやすい順番」から効率的に電話をかけられるようになりました。

その結果——

応答率は導入前より約8%改善。

効率が上がれば、短時間でより多くの滞納者へ案内でき、結果として徴収額の増加にもつながります。

5.AIと人間の役割分担が始まっている

AI導入によって注目されるのは、「人の仕事が奪われる」ではなく「役割の分担が進んでいる」という点です。

  • AI:大量のデータ分析・応答率予測・架電順序の最適化
  • 人間:相手の感情をくみ取り、納得を得る対話

納税者の中には、資金繰りの不安、不満、孤独感を抱いている方もいます。
そうした状況を理解し、丁寧に寄り添うことは、AIでは代替できません。

一方、膨大なデータの分析や予測はAIの得意分野です。コールセンターの業務は、両者の力が組み合わさることで、これまで以上に効率的で丁寧なものへと進化しています。

6.アジア諸国が視察に来る「日本型モデル」

電話による滞納整理の専門体制は、世界的にも珍しい形式です。
特にアジア諸国の税務当局が視察に訪れるなど、日本の仕組みは一定の評価を得ています。

  • 丁寧な説明による納付促進
  • 納税者との対話を重視
  • AIを使ったデータ分析の組み合わせ

こうした“人×AI”の組み合わせは、今後の税務行政が進むべき方向の一つとして注目されています。


結論

納税コールセンターは、表舞台に立つことは多くありませんが、国の財源を支える重要な役割を果たしています。
そして、AI導入によってその力はさらに強化されています。

  • 大量データを分析して架電効率を上げるAI
  • 対話で納税者の理解を得る職員
  • 地道な取り組みが約3,880億円の完納へつながっている現実

税務行政のデジタル化は、単に効率を高めるだけではなく、納税者との関係性をより良くするための一歩でもあります。

今後は音声AI、自動翻訳、対話履歴の分析など、さらに高度な仕組みが導入される可能性があります。
AIが“裏方の行政サービス”を支える時代は、すでに始まっています。


出典

  • 日本経済新聞「国税滞納NO!、『声の徴収官』」
  • 国税庁「滞納整理状況に関する資料」

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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