第1回 非上場株の相続と「伝家の宝刀」総則6項 ― 評価制度の限界と見直しの行方

FP
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近年、非上場株式の相続をめぐる課税処分で、国税当局が「財産評価基本通達」総則6項という例外規定を適用する事例が急増しています。
この規定は、通達による通常の評価方法が「著しく不適当」と認められる場合に、国税庁長官の指示を受けて別の方法で評価を行うものです。実務では“伝家の宝刀”と呼ばれ、適用されれば評価額が大幅に跳ね上がることもあります。背景には、現行の評価制度が実勢価格を反映しきれない構造的な問題があると指摘されています。

評価方法と課税トラブルの現場

非上場株の評価には、原則として次の三つの方式があります。

  1. 類似業種比準方式:上場企業の株価を基準に算定する方法
  2. 純資産価額方式:会社の資産と負債の差額(純資産)を基準にする方法
  3. 併用方式:これら二つを組み合わせる方法

このうち、類似業種比準方式は上場株を参考にして評価するため、評価が高くなりすぎるのを避けるための措置があり、相続税の負担を軽減しやすいとされています。
しかし、相続発生前に増資や配当を行うことで評価額を意図的に下げる事例も見られ、通達どおりに評価すると、極端に税負担が軽くなってしまうことがあります。こうした事案に対しては、国税当局が総則6項を適用して評価を見直す判断を行っています。

実際、2023事務年度までの10年間で総則6項が適用された事例は25件あり、そのうち非上場株が14件を占めています。非上場株は年間0〜3件の水準でしたが、23事務年度には6件と急増しました。相続税の課税割合が死亡者数の約1割に達し、申告件数の増加が6項適用の増加につながっているとみられます。

通達の歴史と政策目的のねじれ

財産評価基本通達が制定されたのは1964年です。当時は上場可能な大企業を想定して上場株式の価格を参考にする「類似業種比準方式」が採用されました。その後、1970年代に株価変動の影響を考慮し、上場企業株価に0.7を乗じて算定する「斟酌(しんしゃく)率」が導入されました。

1980年代に入ると、事業承継を促す目的で小会社にも比準方式の適用範囲が拡大されました。1983年度の税制改正答申では「税制上特別の措置を講ずることは適当ではない」としつつも、小会社であっても収益性を考慮して類似業種比準方式による評価を一部認めました。結果として、実質的な税負担軽減効果を持つ制度に変化しました。

筑波大学の品川芳宣名誉教授は「類似業種比準方式は本来、上場可能な大会社の価値を評価する方式だった。小会社にも適用範囲を広げたことで、事業承継を促す政策手段として使われるようになり、税負担回避を試みる動きが生まれた」と解説しています。

2000年以降も、税負担回避を防ぐための改正を加える一方、非上場株の納税猶予制度により事業承継を円滑化する試みも進みました。しかし、「適用条件が厳しく利用が進まず、結果として評価額の引き下げが求められ続けてきた」(品川氏)とされています。こうした経緯により、評価制度自体に政策的配慮が強く反映される構造が固定化しました。

会計検査院の警鐘と今後の焦点

会計検査院は2024年11月に公表した報告で、「類似業種比準方式による価額は他の評価方式と比べて相当程度低く、公平性が確保されているとはいえない」と問題提起しています。
また、国税庁内部でも「非上場株の評価方法の見直しは、相続税だけでなく事業承継全体への影響が大きく、慎重な検討が必要」との意見が出ています。

今後の焦点は、(1)類似業種比準方式の適用範囲をどこまで見直すか、(2)斟酌率(0.7)の改訂を行うか、の2点に移っています。

結論

非上場株の評価は、相続税制の中でも最も難解で影響の大きい領域の一つです。
通達に基づく「公平な評価」と、事業承継を支える「政策的配慮」のバランスをどう取るかが問われています。通達制定から60年を迎える今、評価制度をめぐる根本的な見直しが避けられない段階に来ています。国税庁が「伝家の宝刀」に頼らずに済む仕組みを再設計できるかどうかが、税制の信頼を左右する試金石になります。


出典
・日本経済新聞「非上場株の相続に課税」(2025年11月3日)
・日本経済新聞「税回避、通達にも要因」(2025年11月3日)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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