医療・介護、老後資金、相続、事業承継――。
これらのテーマを考えていくと、必ず行き着くのが「判断能力が低下したらどうなるのか」という問題です。
判断能力が十分にある間は、資産の処分も、会社の意思決定も、自分の判断で行えます。
しかし一度、判断能力が低下すると、できることは急激に減ります。制度上も、実務上も「決められなくなる」からです。
社長・個人事業主にとって重要なのは、制度を完璧に整えることよりも、「何を決めておくか」を明確にしておくことです。
本稿では、判断能力低下前に、最低限決めておくべき5つのポイントを整理します。
① 会社を誰に託すのか
最初に決めておくべきことは、会社を誰に託すのかという点です。
後継者を誰にするのか、あるいは会社を売却・清算するのか。この方向性が決まっていなければ、その後の対策は進みません。
判断能力が低下した後では、後継者選定や経営権の移転は極めて困難になります。
少なくとも「この人に託したい」「この形で会社を終わらせたい」という意思表示は、元気なうちにしておく必要があります。
② 自社株をどう扱うのか
次に決めておくべきは、自社株の扱いです。
自社株は、社長個人にとっては資産であり、会社にとっては経営権そのものです。
自社株を後継者にいつ・どのように移すのか、あるいは相続まで保有するのか。
判断能力が低下すると、自社株の譲渡や承継は事実上止まってしまいます。
自社株は「老後費用に使う資産ではない」という位置づけを明確にし、承継の方向性を決めておくことが重要です。
③ 老後資金をどの資産で賄うのか
判断能力低下に備えるうえで、老後資金の整理は欠かせません。
医療・介護費用や生活費を、どの資産で賄うのかをあらかじめ決めておく必要があります。
流動性の高い資産で老後費用を賄える設計になっていれば、判断能力低下後に不動産や自社株を無理に処分する必要がなくなります。
これは、事業承継と相続を守るための実務的な対策でもあります。
④ 判断できなくなった後、誰に任せるのか
判断能力が低下した場合、誰が財産管理や生活面の判断を担うのかを決めておくことも重要です。
これは単なる法的手続きの問題ではなく、「信頼の問題」です。
成年後見制度に委ねるのか、任意後見や家族信託、財産管理委任を活用するのか。
どの制度を使うにしても、「誰に任せたいのか」という意思が明確でなければ、制度はうまく機能しません。
⑤ 家族とどこまで共有するのか
最後に、そして最も重要なのが、家族との共有です。
どんなに制度を整えても、家族が何も知らなければ、判断能力低下後に混乱が生じます。
会社のこと、資産のこと、老後の考え方を、どこまで家族に伝えておくのか。
すべてを細かく説明する必要はありませんが、「方向性」だけは共有しておくことが重要です。
説明がないまま資産や会社の状況が変わると、相続時の不信感やトラブルにつながりやすくなります。
「決めること」と「手続きを分けて考える」
ここで重要なのは、「決めること」と「具体的な手続き」を分けて考えることです。
法的な契約や制度は、後から整えることも可能です。
しかし、意思決定そのものは、判断能力がある間にしかできません。
方向性が決まっていれば、専門家の力を借りて制度設計を進めることができます。
社長にとって最大のリスクとは
社長にとって最大のリスクは、「何も決まっていないまま判断能力が低下すること」です。
この状態になると、会社も、家族も、資産も、一気に不安定になります。
逆に、完璧でなくても、最低限の意思が整理されていれば、その後の対応は現実的なものになります。
結論
社長が判断能力低下前に必ず決めておくべきことは、制度よりも「意思」です。
会社をどうするのか、自社株をどうするのか、老後資金をどう賄うのか、誰に任せるのか、家族にどう伝えるのか。
この5つを決めておくことが、老後対策・事業承継・相続対策を一本につなぐ出発点になります。
判断できる今だからこそ、最低限の整理をしておくことが、社長自身と会社、そして家族を守る最も現実的な備えといえるでしょう。
参考
・日本経済新聞「新NISA、2年目は7%増の12兆円 資産形成、インフレで拡大」(2025年12月30日朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
