社会福祉法人の経営引継ぎに伴う金銭の流れが、どのように課税関係に影響するのかは、実務上きわめて重要な論点です。とりわけ、海外法人を介在させた資金移動がある場合、形式と実態のどちらを重視するのかが問題となります。
本件は、社会福祉法人の経営引継ぎに関連して香港法人を経由して送金された資金について、その実質的な帰属主体が争われた事案です。東京地裁は、形式上は法人に帰属する資金であっても、実質的には元理事長個人に帰属すると認定し、雑所得としての課税を適法と判断しました。
本稿では、この判決をもとに、実質所得者課税の考え方と実務上の留意点を整理します。
事案の概要と資金の流れ
本件では、社会福祉法人の経営引継ぎにあたり、総額42億円の対価が設定されていました。その内訳は以下のとおりです。
- 20億円:香港法人の支配権を移転する形で支払われる金銭
- 22億円:引継ぎ後に継続的に支払われる金銭
特に問題となったのは、このうちの20億円です。この資金は以下のような経路で移動していました。
- 社会福祉法人 → 内国法人
- 内国法人 → 香港法人B社
- 香港法人B社 → 香港法人C社
- 最終的にC社は納税者が支配
形式上は香港法人の資金であるものの、納税者はC社の唯一の取締役・株主となり、その後の資金の使途も指示していました。
実質所得者課税の判断枠組み
所得税法は、名義ではなく実質的な所得の帰属者に課税するという原則を採用しています。本件でも裁判所は、以下の観点を総合考慮しています。
- 資金の流れと支配関係
- 送金に至る経緯
- 関係者の認識
- 資金の使用・管理状況
その結果、形式的には香港法人の資金であっても、実質的には納税者が支配・管理していたと認定されました。
ここで重要なのは、「誰の口座にあるか」ではなく、「誰が実質的にコントロールしているか」という点です。
雑所得と事業所得の分岐
本件では、同じ取引の中でも課税区分が分かれています。
- 20億円:雑所得
- 22億円:事業所得
この違いは、収入の性質によるものです。
20億円については、香港法人を通じた資金移動であり、対価としての性格が不明確であることから、雑所得とされました。一方、22億円については、経営引継ぎ後の協力という役務提供に対応する対価と認定され、事業所得とされています。
つまり、同一の契約に基づく金銭であっても、その経済的実態によって所得区分は分かれるという点が示されています。
実務への示唆
本件判決から得られる実務上のポイントは大きく3つあります。
形式ではなく実態が最優先される
海外法人を介在させたとしても、支配関係や資金の使途によっては個人所得と認定される可能性があります。特に、役員・株主の変更や資金指示の実態は重要な判断要素となります。
スキーム全体で評価される
単一の取引ではなく、資金移動の一連の流れ全体が評価対象となります。部分的に切り取った説明ではなく、全体の経済合理性が問われます。
所得区分の判断は個別具体的
同一契約内であっても、役務対価か否か、継続性があるかなどにより、事業所得と雑所得に分かれることがあります。課税区分の誤認は、税負担に大きな影響を与えます。
結論
本件は、実質所得者課税の原則がどのように適用されるかを具体的に示した事例といえます。特に、海外法人を利用した資金移動であっても、実態に基づき個人課税が行われる点は重要です。
また、同一の経営引継ぎの中でも、金銭の性質に応じて所得区分が分かれることから、契約設計や資金の流れの整理が不可欠であることも明らかになりました。
今後、事業承継や法人の経営移転に関わる実務においては、形式的なスキームだけでなく、実質的な支配関係と経済実態を踏まえた検討が求められます。
参考
・税のしるべ 2026年3月23日号
・東京地方裁判所 令和5年(行ウ)第194号 判決