相続税評価をめぐる議論は、評価通達の改正、裁判例による実質判断、そして租税回避否認法理との交差へと広がってきました。
問題の核心は一つです。評価の歪みや租税回避的利用を是正する役割は、立法が担うべきなのか、それとも司法に委ねるべきなのか。
この問いは単なる評価技術の問題ではありません。租税法律主義のあり方、行政と司法の役割分担という、制度設計の根幹に関わります。本稿では、その整理を試みます。
立法による解決の論理
立法による解決とは、法律またはそれに基づく明確な基準によって評価方法を定め、課税の枠組みを事前に固定することです。
この方法の最大の利点は、予測可能性と安定性です。納税者は事前に課税効果を見通すことができ、行政も統一的に執行できます。
租税法律主義の観点からも、課税要件は法律で明確に定めるべきです。評価基準を立法段階で精緻化することは、法的安定性の向上につながります。
しかし問題もあります。市場価格は変動し、不動産の個別性も高い以上、すべてを法律で細かく定めることは現実的ではありません。過度に詳細な立法は、逆に硬直化を招きます。
司法による調整の論理
司法に委ねるという考え方は、法律が定める「時価」という抽象概念を、具体的事案ごとに裁判所が解釈し補正するという方法です。
このアプローチの利点は、柔軟性です。市場実態と著しく乖離する事案や、明らかに立法趣旨を潜脱するスキームに対して、個別に是正を加えることができます。
実際、評価通達に基づく形式的評価が著しく不合理な場合、裁判所は「客観的交換価値」に立ち返って判断してきました。
しかし、司法判断は事後的です。争訟を経なければ基準は明確にならず、結果として納税者の予測可能性は低下します。
行政の位置づけ
行政は、立法と司法の中間に位置します。評価通達は、法律の抽象概念を実務的に具体化する役割を担っています。
行政による通達改正は、立法の方向性と裁判例の蓄積を踏まえながら、実務基準を調整する作業といえます。
しかし、通達はあくまで内部命令であり、法源ではありません。過度に政策的役割を担わせると、租税法律主義との緊張が生じます。
三者の役割分担という視点
立法・行政・司法の三者を対立的に捉えるのではなく、役割分担として整理することが重要です。
立法は、基本的な課税原則と枠組みを定めます。
行政は、画一的基準を設けて実務を安定させます。
司法は、例外的・不合理な事案に対し、法の趣旨に立ち返って修正を加えます。
この三層構造が機能して初めて、課税公平と法的安定性の両立が可能になります。
相続税評価を完全に立法で固定することも、全面的に司法判断に委ねることも、いずれも極端です。
今回の評価適正化の位置づけ
貸付用不動産評価の適正化は、立法の方向性を踏まえ、行政が基準を調整する動きです。その背景には、司法判断による是正がありました。
これは、
司法の判断
→ 行政の通達改正
→ 立法の方向性確認
という循環の一環と理解できます。
制度は静的なものではなく、三者の相互作用の中で調整されていきます。
実務家への示唆
実務家にとって重要なのは、どの層の議論に立脚しているのかを見極めることです。
通達を守ることは基本です。しかし、立法趣旨や裁判例を理解せずに形式適用にとどまれば、争訟リスクを見落とします。
逆に、すべてを司法判断に依存する姿勢も現実的ではありません。
制度全体の構造を理解し、三者の動きを俯瞰する視点が不可欠です。
結論
相続税評価をめぐる問題は、立法か司法かという二者択一ではありません。
立法は原則を示し、行政は基準を整備し、司法は例外を調整する。この三層構造の中で、制度は均衡を保っています。
評価の歪みが顕在化したとき、どこで是正するのか。その問いに対する答えは、常に制度全体のバランスの中にあります。
相続税評価の議論は、単なる評価技術の問題ではなく、租税法律主義の運用をどう設計するかという本質的課題に通じています。その理解こそが、これからの実務に求められる視座です。
参考
・相続税法
・財産評価基本通達
・最高裁判所判例(相続税財産評価に関する判決)
・品川芳宣「続・傍流の正論~税相を斬る 第80回/パブリック・コメント」税のしるべ 2026年2月23日
