相続税について語られるとき、必ずと言ってよいほど聞かれるのが「不公平ではないか」という声です。
一生懸命働き、節約し、子どものために残した財産に税金がかかることに、納得しにくい気持ちを抱くのは自然なことです。
一方で、相続税は「格差を是正する税金」だとも言われます。
なぜこのように評価が分かれるのか。その背景には、日本の税制全体の構造と、「1億円の壁」と呼ばれる問題があります。
相続税は何のためにあるのか
相続税の役割を一言で表すなら、「世代をまたぐ資産の偏りを調整する税」です。
所得税は、働いて得た収入に対して課税されますが、相続で受け取る財産は、本人の労働によるものではありません。
このため、多くの国で、相続や贈与に対して何らかの課税が行われています。
日本の相続税も、富が一部の家庭に固定化することを防ぐための制度として位置づけられてきました。
重要なのは、相続税が「罰」ではなく、社会全体のバランスを取るための仕組みとして設けられている点です。
所得税の累進構造と限界
日本の所得税は累進課税です。
収入が少ない人は低い税率、収入が多い人ほど高い税率が適用されます。この仕組みにより、一定の再分配が行われています。
しかし、この累進構造は、すべての所得に等しく適用されているわけではありません。
特に、株式の売却益や配当などの金融所得は、原則として一定の税率で課税されます。
その結果、年間の所得が非常に高い人ほど、全体としての税負担率が下がる現象が生じます。これが、いわゆる「1億円の壁」と呼ばれる問題です。
「1億円の壁」とは何か
「1億円の壁」とは、年間の所得が1億円を超えるあたりから、所得に占める税負担率が下がる現象を指します。
これは、富裕層ほど金融所得の割合が高く、一定税率で課税される部分が増えるために起こります。
働いて得た給与所得だけであれば、所得が増えるほど税率も上がります。
しかし、資産運用による所得が中心になると、税率の上昇は止まり、結果として税負担率が低下します。
この構造は、税制上のゆがみとして長年指摘されてきました。
金融所得課税が強化されにくい理由
「それなら金融所得にも累進課税をかければよい」という意見は、理論的にはもっともです。
しかし、実際には金融所得課税の強化は容易ではありません。
理由の一つは、投資を冷え込ませる可能性があることです。
日本では「貯蓄から投資へ」という政策目標が掲げられており、投資に対する税負担を重くすることには慎重な姿勢が続いています。
もう一つは、資本の移動です。
金融資産は国境を越えて移動しやすく、課税を強化すると資産が海外に流れる懸念もあります。
こうした事情から、金融所得課税の抜本的な改革は、構想はあっても実現には至っていません。
相続税が果たしてきた役割
金融所得課税が十分に機能しない中で、相続税は再分配の役割を補ってきました。
相続税収の多くは、課税資産が2億円を超える相続から生じています。
これは、相続税が実質的に「支払い能力のある層」を中心に課税していることを意味します。
生前に金融資産を蓄積しても、最終的には相続の段階で一定の負担を求める仕組みになっています。
この点で、相続税は「最後のとりで」と表現されることがあります。
「不公平感」はどこから生まれるのか
それでもなお、相続税に対する不公平感が消えないのはなぜでしょうか。
一つには、課税のタイミングがあります。相続税は、人生の節目、しかも家族を失った直後に課されます。
精神的に負担の大きい時期に、まとまった納税を求められることで、感情的な反発が生まれやすくなります。
また、地価上昇など本人の努力とは無関係な要因で評価額が上がる点も、不公平感を強めます。
「生活は楽ではなかったのに、評価額だけが高い」という感覚は、特に都市部で強くなります。
相続税をどう評価すべきか
相続税を完全に「公平」な税金にすることは、現実的には難しいと言えます。
どこに線を引くかによって、必ず不満は生じます。
ただし、相続税が存在しない場合、資産格差は世代を超えて固定化されやすくなります。
教育、住環境、資産運用の機会の差が、そのまま次の世代に引き継がれるからです。
この点を踏まえると、相続税は完璧ではないものの、社会全体のバランスを保つための重要な仕組みと位置づけることができます。
結論
相続税は、不公平に見える側面を持ちながらも、再分配という重要な役割を担っています。
特に「1億円の壁」という税制の限界を補う意味で、相続税は現在の日本社会において無視できない存在です。
感情的な納得のしにくさと、制度としての必要性は、必ずしも一致しません。
大切なのは、相続税を単なる負担として捉えるのではなく、税制全体の中での位置づけを理解することです。
そうすることで、相続税を巡る議論も、より冷静で建設的なものになっていくはずです。
参考
・日本経済新聞「大相続時代、広がる課税の裾野」(2025年12月16日朝刊)
・財務省「税制調査会資料」
・国税庁「所得税・相続税の概要」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
