企業は日々のビジネスを続けるために、工場や店舗、機械設備、ソフトウェアなどに多額の投資をしています。これらは「固定資産」と呼ばれ、企業の将来の収益を支える基盤となるものです。ところが、せっかく巨額の投資をしても、経営環境の変化や市場の競争激化などによって「思ったほど儲からない」という状況になることがあります。
そんなときに登場する会計の仕組みが「減損処理」です。
この記事では、減損処理の基本的な仕組みや考え方、そしてなぜ必要なのかをわかりやすく解説していきます。
減損処理とは何か?
減損処理とは、企業が保有する資産の「帳簿上の金額(簿価)」を、実際にその資産が将来生み出す収益力に見合う水準まで引き下げる会計処理のことです。
例えば、ある会社が90億円かけて工場を建てたとします。帳簿上では「工場=90億円」という資産として計上されます。しかし、思ったほど製品が売れず、将来得られる収益が減ってしまうと、この工場は本当に90億円の価値があるのか?という疑問が出てきます。
減損処理は、こうした「実際の収益力と帳簿上の数字の乖離」を調整するための仕組みです。資産の価値が下がったと判断されれば、その分を「減損損失」として損益計算書に計上し、同時に貸借対照表の資産の金額を減らします。
なぜ減損処理が必要なのか?
減損処理は単なる「会計テクニック」ではなく、次のような理由から企業経営や投資家にとって重要な意味を持ちます。
- 実態を反映するため
帳簿上では90億円の価値があると書かれていても、実際にはその資産が思ったように収益を生まない場合、数字だけが独り歩きしてしまいます。減損処理によって、資産の価値を現実に近づけることができます。 - 投資家や株主への説明責任
企業がどのくらい効率的に投資をしているかを投資家は気にします。減損処理を適切に行えば、「この事業は計画通りにいかなかった」という事実を数字で示すことができます。 - 経営判断の透明性
減損処理は経営者にとって耳の痛い処理ですが、だからこそ「早めに損を認める」という意味があります。将来に向けて資産を活かす道筋を考え直すきっかけにもなります。
減損が発生する典型的なケース
減損処理が必要になるのは、次のような場合です。
- 工場や店舗の稼働率が大幅に低下したとき
- 新しい技術の登場で既存の設備が陳腐化したとき
- 製品価格の下落で利益が見込めなくなったとき
- 海外進出やM&Aで買収した事業が期待どおりに収益を上げられなかったとき
たとえば、スマートフォン業界では技術革新が早く、数年で旧モデルの工場や設備が「使い物にならなくなる」ことがあります。この場合、簿価ではまだ数十億円と計上されていても、実際にはその価値が大幅に下がっているため、減損処理が行われます。
減損処理のステップ
減損処理は大きく分けて二段階で判断されます。
ステップ1:将来のキャッシュフローを見積もる
まず、その資産や資産グループが将来生み出すであろうキャッシュフローを合計します。
例を見てみましょう。
- 工場の簿価:90億円
- 将来10年間の収益見込み:毎年10億円(合計100億円)
この場合、合計100億円が簿価90億円を上回っているので、減損処理は不要です。
しかし、もし毎年7億円しか収益が見込めないとすると合計は70億円。簿価90億円を下回るため、減損処理を検討する必要があります。
ステップ2:現在価値に割り引いて評価する
次に、そのキャッシュフローを「割引率」を使って現在価値に置き直します。これは、将来のお金の価値は現在より小さいという考え方に基づきます。
仮に割引率を3%とした場合、毎年7億円×10年の現在価値は約60億円。簿価90億円との差額30億円を「減損損失」として計上し、工場の帳簿価額は60億円に切り下げられます。
実際の企業事例
実際に減損処理を行った企業の事例を見てみましょう。
- 日産自動車:2025年3月期に稼働率の低下した工場などで4,949億円もの減損損失を計上し、最終赤字に転落しました。
- セブン&アイ・ホールディングス:国内外のコンビニ事業で1,439億円の減損を計上しました。
- 電通グループ:海外事業の収益悪化に伴い、のれんの減損を2,000億円以上計上しました。
いずれも、減損処理が一度に巨額の赤字を生むケースですが、これは裏を返せば「将来の収益に見合わない資産を整理した」ということでもあります。
減損処理=失敗なのか?
「減損処理」と聞くと、「経営に失敗した証拠では?」と思う方もいるかもしれません。確かに、事業計画が思い通りにいかなかった結果であることは否定できません。
ただし、減損処理は必ずしも「ネガティブなニュース」だけとは限りません。
むしろ、投資家にとっては「企業が現実を直視し、早めに資産の価値を調整している」ことを示す健全な会計処理でもあります。
つまり、減損は「将来に向けての軌道修正」でもあるのです。
まとめ:減損処理の基本を押さえよう
- 減損処理とは、資産が思ったほど稼げなくなったときに簿価を引き下げる会計処理
- 将来のキャッシュフローが簿価を下回ったときに発生する
- 日本企業でも毎年のように巨額の減損が発生している
- 減損は失敗の証拠であると同時に、健全な経営のための軌道修正でもある
企業の決算で「減損損失を計上」というニュースを見かけたら、その背景に「なぜ稼げなくなったのか」「経営環境がどう変わったのか」という視点で読み解くと、企業の実態を理解する助けになります。
📌 参考:日本経済新聞(2025年9月18日付)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

