近年、企業の株主還元に対する視線が厳しくなっています。
配当や自社株買いが増える一方で、賃金や設備投資が伸び悩んでいるのではないかという批判です。
確かに、2000年度と比較すると株主還元は大きく増加しました。しかし、その背景には日本企業が市場重視の経営へと転換してきた歴史があります。問題は「還元そのもの」ではなく、「成長を伴わない還元」になっていないかどうかです。
本稿では、株主還元の歴史的経緯を整理したうえで、これからの企業経営に求められる視点を考察します。
1.なぜ株主還元は増えたのか
1990年代までの日本企業は、銀行借入を中心とした間接金融型の経営が主流でした。株式の持ち合いも多く、株主への配当水準は相対的に低い状況でした。
2000年代以降、コーポレートガバナンス改革が進み、自己資本利益率(ROE)の向上が強く求められるようになります。企業は資本効率を高めるため、余剰資金を抱え込まず、配当や自社株買いを通じて株主に還元する姿勢を強めました。
経済協力開発機構(OECD)のGDP統計ベースでみると、日本企業の分配構造における株主還元の比率は、20年前の約3%から現在は15%程度まで上昇しています。欧州各国の20%前後に近づきつつあり、「極端に行き過ぎている」とは言い切れない水準です。
つまり、日本企業は「株主を軽視していた状態」から「国際標準に近づいた状態」へ移行してきた段階といえます。
2.それでも批判が強まる理由
批判の背景には、「投資なき還元」という印象があります。
上場企業のデータを見ると、
- 研究開発費の対売上比率は2%強で横ばい
- 設備投資の対売上比率も5〜6%前後で横ばい
一方で、配当や自社株買いは増加しています。
不採算事業の整理や資産売却によって資本効率を改善し、その結果を還元に回す。これは合理的な行動ではありますが、「引き算」の改革に偏ると、企業の成長力そのものが弱まる懸念があります。
株主還元が「成長の果実」ではなく、「投資機会を見つけられない結果」になってしまえば、長期的には企業価値を毀損しかねません。
3.資本効率と成長投資は対立しない
重要なのは、資本効率の向上と成長投資は本来対立する概念ではないという点です。
バブル期の日本企業は、収益性を十分に検証しないまま過剰投資を行い、後に巨額の損失を抱えました。資本効率を無視した投資は持続性を欠きます。
一方で、効率改善だけを目的とした経営もまた、企業の将来価値を縮小させます。
求められているのは、
- 不採算事業からは撤退する
- 余剰資産は整理する
- そのうえで、将来の成長分野に資金を振り向ける
という「選択と集中」の次の段階です。
株主還元は、成長の結果として増えるのが理想形です。企業が新たな事業やサービスを生み出し、付加価値を高め、その成果として利益が拡大する。その延長線上に還元がある構造こそ、持続可能な姿です。
4.株主還元と賃金・投資のバランス
株主還元をめぐる議論は、しばしば「株主か従業員か」という対立構図で語られます。
しかし、企業が生み出す付加価値が拡大すれば、
- 従業員への分配(賃金)
- 設備投資や研究開発
- 株主還元
はいずれも増やすことが可能です。
問題は分配の配分以前に、「付加価値をどれだけ増やせるか」にあります。成長なき再分配はゼロサムになりますが、成長を伴えばプラスサムになります。
株主還元の是非を論じる際は、分母である企業の稼ぐ力に目を向ける必要があります。
5.成熟経済のなかでの次の課題
日本経済は人口減少と成熟化が進んでいます。国内市場だけでは高成長は期待しにくい環境です。
だからこそ、
- デジタル化
- グローバル展開
- 新産業への挑戦
といった「足し算」の経営が重要になります。
ガバナンス改革によって資本効率は一定程度改善しました。次の段階は、資本効率を前提にしつつ、成長機会を掘り起こすことです。
企業が生む富が拡大し、それが賃金・投資・株主還元にバランスよく配分される。その循環が確立されなければ、株主還元への批判は繰り返されるでしょう。
結論
株主還元は、それ自体が悪いわけではありません。
問題は、それが「成長の結果」なのか、「成長機会を見いだせない結果」なのかという点にあります。
日本企業は、銀行中心の経営から市場重視の経営へと移行し、国際水準に近い還元構造へと変化してきました。その流れは一巡しつつあります。
これから求められるのは、
資本効率を保ちながら、成長投資を拡大し、その成果として株主還元を増やす経営
です。
企業が生む付加価値を高めることが、最終的には従業員・株主・社会のすべてにとっての利益につながります。還元をめぐる議論は、「いくら返すか」から「どう稼ぐか」へと軸足を移す段階に入っています。
参考
日本経済新聞「資本騒乱〉株主還元、成長で増やす」2026年2月15日朝刊
OECD統計データ(GDPベースの企業分配構造に関する資料)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
