世界の金融市場では、戦争や紛争といった地政学リスクが発生すると、株式市場が急落する場面がしばしば見られます。2026年3月には米国・イスラエルとイランの衝突を受け、原油価格の上昇とともに世界の株式市場が大きく揺れました。こうした局面では「有事の株売り」という言葉が頻繁に使われます。
しかし、歴史を振り返ると、地政学的ショックによる株価下落は長く続かないケースが多いと指摘されています。本稿では、有事と株式市場の関係について、過去のデータとともに整理します。
有事が起きると株価はなぜ下がるのか
戦争や軍事衝突などのニュースが流れると、株式市場ではリスク回避の動きが強まりやすくなります。主な理由は次の三つです。
第一に、エネルギー価格の上昇です。
中東で紛争が起きると、原油供給の不安から価格が急騰することがあります。原油価格の上昇は輸送費や製造コストを押し上げ、企業収益の悪化やインフレの加速につながります。
第二に、金融政策への影響です。
インフレが強まれば、中央銀行は利下げを控えたり、利上げを続けたりする可能性があります。金利の上昇は株式市場にとってマイナス要因となります。
第三に、不確実性の急増です。
戦争の拡大や長期化が読めない状況では、投資家はリスク資産を減らし、現金や安全資産へ資金を移す傾向があります。
このため、有事の初期段階では株式市場が急落することが少なくありません。
歴史的には株価下落は長続きしない
ただし、過去のデータを見ると、有事による株価下落は比較的短期間で終わることが多いとされています。
米国の資産運用会社LPLフィナンシャルの分析によれば、第2次世界大戦以降に発生した20件以上の地政学的事件を調べた結果、S&P500指数は平均して約18日で底を打ち、39日以内に事件前の水準に回復したとされています。
また、米カーソングループの調査では、第二次世界大戦後の40件以上の地政学的危機を分析したところ、S&P500指数は発生から6カ月後には中央値で5%以上上昇していました。
さらに、米モルガン・スタンレーの分析でも、1950年代の朝鮮戦争から2022年のロシアによるウクライナ侵攻までを対象にした調査で、株価は発生後
・1カ月後 平均2%上昇
・6カ月後 平均6%上昇
・12カ月後 平均8%上昇
という結果が示されています。
これらのデータは、地政学的ショックそのものが長期的な株価下落の原因になりにくいことを示しています。
株価下落が長期化するケース
もっとも、すべての有事が短期間で終わるわけではありません。株式市場の下落が長期化する場合には、別の要因が重なっているケースが多いとされています。
代表例として挙げられるのが、ベトナム戦争期です。この時期は戦争だけでなく、インフレの高進と景気後退が同時に起きていました。つまり、株価下落の本質的な原因は戦争そのものではなく、経済環境の悪化にあったと考えられています。
このように、地政学リスクが株式市場に長期的な影響を与えるかどうかは、次の要素に大きく左右されます。
・エネルギー価格の高騰が長期化するか
・インフレが加速するか
・景気後退に発展するか
つまり、株式市場が本当に警戒しているのは「戦争」ではなく「経済への波及」です。
今回の中東情勢のリスク
2026年の中東情勢では、ホルムズ海峡の封鎖が大きな焦点となっています。ホルムズ海峡は世界の原油輸送の要衝であり、ここが機能不全に陥れば、石油だけでなくLNGや化学製品、金属など幅広い資源の供給に影響が及びます。
その結果、世界的なエネルギー価格の上昇が長期化すれば、インフレ再燃のリスクが高まります。
また、紛争の長期化を占う要因として、軍事資源の消耗も注目されています。例えば、安価なドローンを大量に投入する側と、高価なミサイルで迎撃する側の構図では、コスト構造の違いが戦争の継続性に影響する可能性があります。
こうした要因が市場の不安定な値動きを引き起こしていると考えられます。
結論
地政学的な衝突が発生すると、株式市場は一時的に大きく動揺します。しかし、歴史的なデータを見ると、有事そのものが長期的な株価下落の原因になるケースは多くありません。
株式市場が本当に注目しているのは、紛争そのものではなく、それがエネルギー価格やインフレ、景気にどの程度影響するかです。
その意味では、有事の株売りが長く続くかどうかは、軍事的な展開よりも、むしろ経済のファンダメンタルズによって決まるといえるでしょう。
参考
日本経済新聞
ウォール街ラウンドアップ「有事の株売り」いつまで
2026年3月6日夕刊
LPL Financial 地政学イベントと株式市場の分析資料
Carson Group 地政学リスクとS&P500のパフォーマンス分析
Morgan Stanley 地政学ショックと株式市場の長期データ分析

