本シリーズでは、労働市場の流動化から始まり、終身雇用の成立、日本企業が人を辞めさせない構造、そして制度の転換と再編までを整理してきました。
ここで改めて問うべきは、日本型雇用は今後どの方向に向かうのかという点です。
終身雇用が崩れつつある一方で、完全なジョブ型への移行も現実的ではない。この状況の中で、雇用制度はどのように再設計されていくのでしょうか。
本稿では、これまでの議論を踏まえ、その方向性を整理します。
日本型雇用の「消滅」ではなく「再編」
まず押さえておくべきは、日本型雇用が完全に消滅する可能性は低いという点です。
終身雇用や年功的処遇は確かに揺らいでいますが、その背景にある内部労働市場や長期的な人材育成の仕組みは、依然として多くの企業にとって合理性を持っています。
特に、不確実性の高い環境においては、人に応じて役割を柔軟に変える仕組みは有効に機能します。
したがって、起きているのは制度の崩壊ではなく、前提条件の変化に応じた再編と捉えるべきです。
ハイブリッド化の進展
現実の企業においては、すでに雇用制度のハイブリッド化が進んでいます。
職務を明確に定義する動きが広がる一方で、従来型の配置転換や育成の仕組みも維持されています。専門職についてはジョブ型的な運用を行い、総合職については従来型を残すといった併存も見られます。
このように、単一の制度に統一されるのではなく、複数の仕組みが組み合わさる形が一般化していくと考えられます。
企業側の変化 ― 人材ポートフォリオの発想
企業の人材戦略も変化しています。
従来は、従業員を長期的に抱え込むことが前提でした。しかし現在は、必要な人材を内部と外部の両方から組み合わせる「人材ポートフォリオ」の発想が重要になっています。
コアとなる人材は内部で育成しつつ、専門性の高い領域や変動の大きい領域では外部人材を活用する。このような構造が一般化していくと考えられます。
この変化は、雇用の境界を曖昧にし、企業と個人の関係をより柔軟なものへと変えていきます。
個人側の変化 ― キャリアの自己責任化
制度の変化は、個人の働き方にも大きな影響を与えます。
終身雇用が前提であった時代には、企業にキャリアを委ねることが合理的な選択でした。しかし現在は、自らのキャリアを主体的に設計することが求められています。
転職、副業、学び直しといった行動が一般化し、個人が市場と直接向き合う機会が増えています。
これは自由度の拡大であると同時に、リスクの増大でもあります。安定と引き換えに、選択と責任が個人に移行しているといえます。
制度設計の焦点はどこにあるのか
今後の雇用制度を考える上で重要なのは、「どの制度を採用するか」ではありません。
重要なのは、企業と個人の間でどのようにリスクとリターンを分配するかという点です。
長期雇用はリスクを企業が引き受ける仕組みであり、ジョブ型はその一部を個人に移転する仕組みといえます。どちらが優れているかではなく、どのようなバランスを取るかが本質的な問題です。
これからの雇用の姿
これらを踏まえると、今後の雇用は次のような特徴を持つと考えられます。
第一に、雇用形態の多様化が進むことです。正社員、専門職、外部人材が混在する組織が一般的になります。
第二に、企業と個人の関係がより契約的なものになることです。役割や期待が明確化される一方で、関係は固定的ではなくなります。
第三に、キャリアの連続性が企業の内部ではなく、個人の側に移ることです。
これらの変化は、雇用のあり方を根本から変えていく可能性があります。
結論
日本型雇用は、終身雇用という単一の制度として維持されるのではなく、複数の仕組みが組み合わさる形で再編されていきます。
企業は人材を抱え込む存在から、活用する存在へと変化し、個人は組織に依存する存在から、自ら市場と向き合う存在へと変わります。
重要なのは、この変化を前提として意思決定を行うことです。
制度の名称にとらわれるのではなく、その背後にある構造を理解することが、これからの時代において不可欠となるでしょう。
参考
企業実務 2026年4月号 人事の歴史を辿る旅 第3回 明治時代の日本
労働政策研究・研修機構 雇用システムの生成と変貌
濱口桂一郎 賃金とは何か(朝日新書)