高市早苗政権のもとで、政府は企業向けの政策減税を包括的に見直す「総点検」に乗り出しました。焦点となっているのは、研究開発税制と賃上げ促進税制という二つの大型減税です。財務省と経済産業省の立場の違いが鮮明になり、年末の税制改正論議の最大テーマとなりつつあります。
1. 租税特別措置とは何か
租税特別措置(租特)は、特定の政策目的を達成するために企業や個人に与えられる税の優遇制度です。たとえば研究開発投資を促したり、雇用や賃上げを後押ししたりといった形で設けられてきました。
しかし、その数は現在373項目にも上り、延長や重複が続いた結果、「隠れ補助金」との批判が出ています。制度の透明性と公平性の観点からも、定期的な見直しが求められる段階にあります。
2. 財務省の問題提起 ― 「減税が目的化している」
財務省は、租特の中でも特に規模の大きい研究開発税制(約1兆円規模)と賃上げ促進税制(約7千億円規模)に照準を合わせています。
研究開発税制については、「減税額ほど研究開発費が伸びていない」と指摘。大企業への適用が約9割を占め、自動車や製薬業界に恩恵が偏っている点も問題視しています。
また賃上げ促進税制については、「デフレ脱却後の現状では効果が薄れ、不要なインセンティブとなっている」との見方を示しています。デフレ期に導入された制度が、賃上げが常態化した経済環境に合わなくなっているというわけです。
3. 経産省の反論 ― 「成長戦略の柱を折るな」
これに対し、経済産業省は強く反発しています。赤沢亮正経産相は、「強い経済の実現には両税制が不可欠」と主張。特に研究開発税制については、OECD加盟国の約9割が同様の制度を持つことを挙げ、「国際競争力の維持に不可欠」と訴えます。
また、政府の成長戦略で重視する宇宙・AI・次世代エネルギーといった分野への投資を後押ししてきた実績も強調。ここで税制支援を縮小すれば、民間の研究投資が鈍り、イノベーション政策全体に影響する懸念があります。
賃上げ促進税制についても、経産省の調査では「中小企業の約半数が制度をきっかけに賃上げを実施した」との結果が示されています。現場では一定の効果があったという評価も少なくありません。
4. 経済界の懸念と政治の思惑
経済界からも、急激な制度変更に対する慎重論が上がっています。経団連幹部は「効果検証は重要だが、成果が出るまで時間のかかる投資もある」とし、「アクセルとブレーキを同時に踏むべきではない」と警告します。
一方で、連立政権に参加する日本維新の会は租特改革に前向きで、ガソリン税の旧暫定税率廃止の財源を租特見直しによって補う案を提示。財政再建と成長政策の両立を掲げる高市政権にとっても、政策減税の整理は「積極財政の信頼性」を担保する試金石となります。
結論
政策減税の見直しをめぐる議論は、単なる税制テクニックの問題ではありません。
政府がどの産業を、どの方向に導きたいのかという「経済戦略の羅針盤」を問うものです。財政規律の観点からは縮小を求める財務省、成長投資の視点から維持・拡充を主張する経産省。両者の対立は、税制の本質的な役割をあらためて国民に問う機会でもあります。
年末の与党税制改正大綱に向け、租税特別措置の“淘汰と再設計”がどこまで進むかが注目されます。
出典
・日本経済新聞「企業向け政策減税、省庁が改廃巡り論戦」(2025年10月31日朝刊)
・財務省「租税特別措置に関する報告書(令和6年度)」
・経済産業省「研究開発税制・賃上げ促進税制の効果検証報告(令和6年版)」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
