政策保有株の売却と会計処理の違い ― 日本基準とIFRSを比べてみよう

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近年、上場企業が「政策保有株式(持ち合い株)」を積極的に売却しています。2025年3月期の売却額は 9.2兆円と過去最高 となり、企業の資本効率改善への動きが鮮明になってきました。
では、この株式売却が会計上どのように処理され、企業の利益や配当にどんな影響を与えるのでしょうか。実は、日本の会計基準と国際会計基準(IFRS)で大きな違いがあります。


1. まずは日本基準から整理

日本基準では、株式を「何の目的で持っているか」によって、バランスシート上の位置付けが変わります。

  • 短期の資金運用 → 流動資産の「有価証券」
  • 子会社・関連会社投資 → 「関係会社株式」
  • 取引関係の強化など(政策保有株) → 「その他有価証券」

そして売却時の会計処理も目的ごとに異なります。

例1:資金運用目的の株式

1000円で買った株を1200円で売った場合、差額200円は 「有価証券売却益」 として営業外収益に計上。逆に800円で売れば200円の損失が営業外費用になります。

例2:子会社化目的の株式

1000円で買った株を1200円で売った場合、単体決算では200円を 「関係会社株式売却益」 として特別利益に計上。
一方で連結決算では、子会社時代の利益剰余金やのれん償却費などを調整した「連結上の簿価」との差額が売却益(または損)となります。

実例として、パソナグループは2024年5月期に子会社ベネフィット・ワンを売却し、単独決算では1223億円、連結決算では1120億円の売却益を計上しました。

例3:政策保有株の売却

古くに100円で取得した株を1000円で売った場合、差額900円は 「投資有価証券売却益」 として特別利益に計上されます。


2. IFRS(国際会計基準)との違い

日本基準と大きく異なるのが、この政策保有株の売却処理です。
IFRSでは、政策保有株を「FVOCI(公正価値をその他の包括利益で処理)」に分類することができます。

この場合、取得100円の株を1000円で売却しても、差額900円は 損益計算書には出ず、純資産の部にある「その他の包括利益」に振り替えられます。つまり、純利益に影響しない のです。

実際の企業例

  • 東レ:2024年7月~2025年3月に政策保有株を売却し、単独決算では862億円の売却益を計上。しかしIFRSを適用しているため、連結純利益には反映されませんでした。
  • デンソー:2025年3月期に1058億円の売却益を出しましたが、「その他の包括利益」に処理され、業績への影響はゼロでした。

3. それぞれの基準のメリットと課題

日本基準の特徴

  • 売却益が純利益に直結 → 一時的に利益を押し上げられる
  • 配当性向に連動する企業では、増配につながりやすい

実際に大手保険会社では、政策保有株の売却益を利用して純利益を伸ばし、増配を実施したケースがあります。

IFRSの特徴

  • 本業の収益力を純利益に反映できる
  • 一過性の株売却益に業績が左右されない
  • ただし、投資家からすると「どれだけ売却益があったのか」が損益計算書だけでは分からない

このため、IFRS企業の場合は、有価証券報告書の注記を確認し、「株式売却による公正価値の認識中止時点におけるその他の包括利益累積額」を読む必要があります。


4. 投資家が見るべきポイント

会計基準の違いにかかわらず、実際に現金が入ってくる点は共通です。重要なのは、得られたキャッシュを企業がどのように活用するか です。

  • 借入金の返済に充てるのか
  • 設備投資や研究開発に再投資するのか
  • 株主還元(配当・自社株買い)に回すのか

投資家としてはキャッシュフロー計算書を確認し、「売却益が企業価値向上につながるか」を注視する必要があります。


まとめ

  • 日本基準では、政策保有株の売却益は純利益を押し上げる
  • IFRSでは、FVOCIに分類すると純利益に影響しない
  • 配当方針や業績評価に与えるインパクトが基準によって異なる
  • 最終的には「キャッシュの使い道」に注目することが投資家にとって重要

政策保有株の売却は、単なる会計上の処理の違いにとどまらず、企業の経営姿勢や株主還元方針を見極めるヒント でもあります。


👉参考:日本経済新聞「会計フォローアップ(4)政策保有株売却 会計基準で純利益に差」(2025年9月19日 朝刊)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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