成長投資に資源配分を――コーポレートガバナンス・コード改訂の本質

経営

企業は現預金を「持つこと」が目的なのでしょうか。それとも「使うこと」に意味があるのでしょうか。

2026年2月、金融庁と東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コードの改訂原案を示しました。今回の改訂は単なる技術的修正ではありません。企業の資源配分のあり方そのものを問い直す内容となっています。

とりわけ注目されるのは、「現預金の有効活用」と「成長投資への資源配分」を明確に打ち出した点です。本稿では、今回の改訂原案の構造と、その背後にある政策意図を整理します。


原則の半減と“解釈指針”の新設

今回の改訂では、従来83あった原則を半減させる一方、新たに「解釈指針」が設けられました。

コーポレートガバナンス・コードは法的拘束力を持ちません。「コンプライ・オア・エクスプレイン」、すなわち順守するか、しない場合は理由を説明する方式を採っています。

しかし、今回新設された解釈指針は、形式上はこの方式の対象外でありながら、実質的には企業に強い方向性を示すものです。単なる原則の整理ではなく、「どう考えるべきか」という思考の枠組みを提示しようとしています。


現預金は“安全資産”か“停滞資産”か

改訂原案では、経営資源の配分について「取締役会が不断に検証すべき」と明記しました。そして解釈指針では、「現預金を投資などに有効活用できているか」という説明を加えています。

これは、日本企業に多く見られる巨額の内部留保を背景としています。低金利環境下で現預金を厚く保有することは合理的だった時代もありました。しかし、金利のある世界に戻り、国際競争が激化するなかで、資金を眠らせておくことは機会損失ともなります。

一方で、有識者会議では「現預金のみを例示することは企業の自律性を阻害する」との意見も出ました。この論点は重要です。

問題は“現預金そのもの”ではなく、資源配分の意思決定プロセスが合理的かどうかです。結果の多寡よりも、プロセスの透明性が問われています。


成長志向型への明確な政策転換

今回の改訂原案には、政権の成長戦略が色濃く反映されています。

人的投資、新事業投資、研究開発投資といった長期的成長に資する投資を促し、株主還元を含めた資源配分を「成長志向型」に変容させることが明確に打ち出されています。

ここで重要なのは、株主還元を否定しているわけではないという点です。配当や自社株買いといった還元策も、資本コストを踏まえた合理的判断の一部です。

問われているのは、「余剰資金をどう配分するか」という戦略そのものです。

企業は今、単にROEを高めるのではなく、持続的な企業価値向上のストーリーを説明できるかが問われています。


経済安全保障という新しい軸

今回の改訂では、サイバーセキュリティー、サプライチェーン途絶、技術情報流出といった経済安全保障リスクへの対応も明記されました。

これは従来のガバナンス論を超える視点です。

成長投資を促す一方で、国家レベルの安全保障リスクも踏まえた経営判断が求められる時代に入りました。企業統治はもはや株主と経営陣の関係だけの問題ではありません。

地政学リスク、技術流出リスク、情報管理体制といった広範な視点が、取締役会の責務として明文化されつつあります。


政策保有株式と開示の前倒し

政策保有株式の扱いについても、売却を妨げる行為をすべきではないという記述が「補充原則」から「原則」へ格上げされます。

これは象徴的です。持ち合い構造の見直しは、日本企業改革の核心にあります。

さらに、有価証券報告書を株主総会より前に提出することが原則に明記され、3週間前開示が望ましいと示されました。

これは情報開示の質とタイミングを国際水準に近づける動きです。ただし企業側の事務負担増大も現実的な論点となります。

改革は常にコストを伴います。そのコストをどう吸収し、どこまで制度設計として強制するかが今後の議論になります。


ガバナンス改革は“結果”ではなく“構造”の問題

今回の改訂は、単に「現預金を減らせ」というメッセージではありません。

企業に対して、

・資源配分の合理性
・意思決定プロセスの透明性
・長期成長への戦略性
・経済安全保障への配慮

といった複数の軸を統合的に説明することを求めています。

つまり、問われているのは財務数値の水準ではなく、企業統治の構造そのものです。

ガバナンスは形式的なチェックリストではなく、経営哲学の問題へと深化しています。


結論

今回のコーポレートガバナンス・コード改訂原案は、日本企業に対して「守りの統治」から「成長のための統治」への転換を促すものです。

現預金の多寡が問題なのではありません。
資源配分をどう設計し、その意思決定をどう説明できるかが問われています。

成長投資を促すという政策メッセージの裏側には、企業に対する高度な説明責任の要求があります。

ガバナンス改革は終わっていません。むしろ、資本コスト経営の次の段階に入りつつあります。

企業が資金を「持つ」のか「使う」のか。
その選択が、企業価値の未来を左右する時代になりました。


参考

日本経済新聞 2026年2月27日朝刊
成長投資に資源配分を 企業統治指針の改訂原案

金融庁 コーポレートガバナンス・コード関連資料

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