2025年の日本株高は、インフレ定着やAI投資、政権運営への期待といった複数の要因が重なって生まれました。しかし、相場が高水準に達するほど、次に問われるのは「この状況が持続可能かどうか」です。
市場が最も重視するのは、政府と中央銀行に対する信認です。
株価が上昇している局面ほど、その裏側では冷静な検証が進みます。現在、日本経済が直面している市場信認上の課題は、大きく三つに整理できます。
本稿では、円安、金融政策、財政規律という三つの難所を軸に、日本経済がどこまで市場の信認を維持できるのかを考えます。
止まらぬ円安という試金石
最初の難所が為替です。
日本銀行が利上げを進めた後も、円安基調は大きく変わっていません。通常であれば、日米金利差が縮小すれば円高方向に振れやすくなります。しかし実際には、円安が続いています。
この背景には、単なる金利差では説明しきれない要因があります。市場は、日本経済の成長力や財政運営を含めた総合的な評価を通じて、通貨の価値を判断します。
円安が続くということは、日本の名目成長が評価される一方で、政策運営に対する慎重な見方も併存していることを示しています。
為替は、金融政策と財政政策の両方に対する市場の通信簿のような存在です。円安が過度に進めば、インフレ圧力が強まり、家計や中小企業への負担が増します。市場は、為替の安定を通じて政策の整合性を見極めようとしています。
金融政策はどこまで正常化できるのか
二つ目の難所は金融政策です。
日本銀行は段階的に利上げを進め、「金利ある世界」への移行を進めています。しかし、そのペースや到達点については、市場の見方が分かれています。
急激な利上げは景気を冷やす恐れがある一方、利上げが不十分であれば、円安やインフレの抑制が難しくなります。金融政策は、インフレを抑え込みすぎず、かといって放置もしないという難しい舵取りを迫られています。
市場が注視しているのは、利上げそのものよりも、日銀がどのような論理とメッセージで政策を運営しているかです。政策の一貫性と説明力が欠ければ、金融市場は不安定化します。
信認とは、結果だけでなく、プロセスによっても形成されるものです。
財政規律という最も厳しい関門
三つ目、そして最も重要な難所が財政規律です。
インフレ定着と成長期待のもとで、積極財政への支持は高まりやすくなります。しかし、インフレ局面での財政拡張は、デフレ期とは意味合いが異なります。
これまで政府は、基礎的財政収支を黒字化する目標を掲げてきました。現在は、その指標や達成時期の見直しが議論されています。市場が警戒しているのは、目標の柔軟化そのものではなく、財政運営の軸が曖昧になることです。
債務残高が増え続ける中で、成長戦略と財政規律をどう両立させるのか。この点について、政府が明確な道筋を示せなければ、市場は疑念を強めます。
財政に対する信認は、一度失われると回復に時間がかかります。
三つの難所は相互に結びついている
円安、金融政策、財政規律は、それぞれ独立した問題ではありません。
財政への不安が強まれば円安が進み、円安が進めば金融政策の選択肢が狭まります。金融政策が後手に回れば、インフレや為替への懸念が高まり、再び財政への視線が厳しくなります。
市場は、これらを一体として評価しています。どれか一つだけを切り離して議論しても、信認の回復や維持にはつながりません。
家計と企業への波及
市場信認の問題は、株式市場だけの話ではありません。
円安が続けば輸入物価が上昇し、家計の実質購買力に影響します。金利が不安定になれば、企業の投資判断や家計の借入行動にも影響が及びます。
つまり、市場信認とは、金融市場の安心感であると同時に、実体経済の安定性を支える基盤でもあります。
結論
日本経済は、インフレ定着と株高という前向きな局面にありますが、その持続性は市場信認にかかっています。
円安、金融政策、財政規律という三つの難所は、それぞれが試金石であり、同時に相互に影響し合う要素です。
市場が求めているのは、極端な緊縮でも無制限な財政拡張でもありません。成長戦略と規律ある運営を両立させる、整合的な経済運営です。
次回は、こうしたマクロ環境の変化が、個人投資家の行動にどのような変化をもたらしているのかを取り上げます。
新NISAを背景に進む「個人マネーの世代交代」が、日本株の需給構造をどう変えつつあるのかを整理します。
参考
・日本経済新聞「市場信認『3つの難所』 止まらぬ円安、政権運営にリスク」
・日本経済新聞「インフレ定着、際立つ株高」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
