東京の家賃高騰は、もはや一時的な現象ではなく構造問題になりつつあります。
新築・中古マンション価格の上昇に引きずられる形で賃料も上昇し、とくに子育て世帯にとっては住み続けること自体が重い負担となっています。
こうした状況を受け、東京都は官民連携による「アフォーダブル住宅供給促進ファンド」を創設し、一定の年収制限を設けた割安住宅の供給を本格化させます。本稿では、その制度設計の概要と政策的意義、そして今後の課題を整理します。
制度の概要と特徴
東京都は総額200億円超の官民ファンドを組成し、うち100億円を都が出資します。運営主体には、野村不動産グループ、SMBC信託銀行グループ、空き家再生スタートアップのヤモリと三菱UFJ信託銀行の陣営などが選定されました。
主な特徴は次のとおりです。
1. 年収制限の導入
供給予定約350戸のうち、
- 約60戸:世帯年収800万円以下
- 約70戸:世帯年収600万円以下
といった年収要件が設けられます。
さらに、一部のファンドでは世帯年収600万円以下に限定し、家賃を相場より約25%低く抑える仕組みも採用されます。
2. 子育て世帯への重点配分
- ひとり親世帯向けに一定割合を確保
- 未就学児世帯や出産予定世帯を対象とする枠を設定
単なる低家賃政策ではなく、「子育て世帯の都外流出防止」を明確な政策目的としています。
3. 多様な住宅タイプ
- 23区の新築・築浅マンション型
- 中古戸建て再生型(集合住宅に不安を持つ世帯向け)
- 広さ45㎡以上、3DK以上のファミリー仕様
家賃は8万~20万円程度で、周辺相場より約2割低減を想定しています。
4. 伴走型支援
居住支援コーディネーターを配置し、トラブル相談や福祉機関との連携も行います。
住宅供給と生活支援を一体化させる点が従来型の公営住宅と異なる特徴です。
なぜ「年収800万円以下」なのか
世帯年収800万円という水準は、いわゆる低所得層ではありません。
東京では共働き世帯であれば十分に到達し得る水準です。
それでも対象とする理由は明確です。
東京の住宅価格はすでに「中間層」でも負担が重い水準に達しているからです。
- 住宅購入価格の高騰
- 頭金ゼロ・超長期ローンの拡大
- 賃料の継続的上昇
これらが重なり、「困窮世帯」ではなく「中間層の流出」が問題となっています。
つまり本政策は、生活保護的な住宅政策ではなく、「都市の人的資本維持政策」と位置づけることができます。
官民ファンド方式の意味
今回の取り組みは、自治体主導の直接建設ではなく「投資ファンド方式」です。
これは重要な転換です。
1. 公的資金のレバレッジ
都が100億円出資することで、民間資金を呼び込み、200億円超の規模を実現します。
2. 民間ノウハウの活用
- 不動産取得・再生
- 運営管理
- 入居者選定
これらを民間主体が担うことで、スピードと効率性を確保します。
3. 投資対象の選別
新築だけでなく中古戸建て再生を対象とする点は、空き家問題やストック活用政策とも接続します。
これは単なる住宅政策ではなく、
- 都市再生政策
- 子育て支援政策
- 不動産市場安定化政策
が交差する政策設計です。
それでも残る課題
制度の意義は大きい一方で、課題も明確です。
1. 供給戸数の規模
約350戸という規模は、東京全体の住宅市場から見れば極めて限定的です。
象徴的効果はあっても、市場価格全体を押し下げる力は限定的でしょう。
2. 所得制限の線引き
800万円未満と801万円では支援の有無が分かれます。
境界線問題は必ず生じます。
3. 出口戦略
ファンド期間は原則10年。
将来的に家賃をどう維持するのか、売却時の扱いはどうなるのかといった持続可能性も問われます。
今後の注目点
今後、次の点が政策評価の鍵になります。
- 実際の入居倍率
- 子育て世帯の都外転出率の変化
- 民間資金の追加流入
- 他自治体への波及
国内自治体で初の官民連携型アフォーダブル住宅ファンドである以上、成功すれば全国展開のモデルとなる可能性があります。
結論
東京都のアフォーダブル住宅ファンドは、単なる家賃補助策ではありません。
それは、
「中間層を都市にとどめるための社会インフラ投資」
と見ることができます。
住宅価格の高騰が続くなか、都市の持続可能性は「誰が住み続けられるか」によって決まります。
今回の取り組みは第一歩にすぎませんが、都市政策の方向性を示す重要な実験です。
今後は、戸数拡大と制度の持続可能性が問われることになるでしょう。
参考
日本経済新聞
「都などファンドが供給 割安住宅 家賃高騰で一部年収制限」
2026年2月21日 朝刊
