金価格の上昇、中国の外貨準備戦略、制裁リスクへの備え――これらはすべて、世界の通貨体制が静かに変化しつつあることを示しています。かつてのようなドル一極支配ではなく、複数通貨が並立する「多極化」の兆しが見え始めています。
では、その中で日本はどのような立ち位置にあるのでしょうか。本稿では、通貨体制の構造変化と日本の選択肢を整理します。
ドル体制は終わるのか
第二次世界大戦後のブレトンウッズ体制を経て、ドルは国際決済・準備通貨の中心的地位を維持してきました。原油をはじめとする資源取引のドル建て慣行、米国債市場の圧倒的な流動性、法制度への信認が、その基盤です。
確かに近年、各国の中央銀行は金保有を増やし、外貨準備の多様化を進めています。中国や新興国はドル依存を低下させる方向に動いています。しかし、ドルが急速に代替される状況にはありません。
重要なのは「終焉」ではなく、「相対的地位の変化」です。ドルのシェアが徐々に低下し、ユーロ、人民元、金などが補完的役割を果たす構図が現実味を帯びています。
多極化とは何か
多極化とは、単一の通貨が圧倒的に支配する状態から、複数通貨が用途ごとに使い分けられる体制へと移行することを意味します。
・決済はドル中心
・地域内貿易は人民元やユーロ
・準備資産として金を積み増し
といった分散構造が広がる可能性があります。
これは「ドルの崩壊」ではなく、「リスク分散型の国際金融秩序」への移行と捉えるべきでしょう。
円の現在地
では、日本円はどの位置にあるのでしょうか。
円は依然として主要通貨の一つであり、国際決済や外貨準備でも一定の比率を維持しています。しかし、1990年代と比べると存在感は相対的に低下しています。
背景には、
・日本経済の成長力の低迷
・長期にわたる超低金利政策
・対外純資産国としての構造
があります。
日本は世界最大級の対外純資産を持つ一方で、国内成長力の弱さが通貨の魅力を制約しています。円は「安全資産」としての側面を持ちますが、利回りや成長性という観点では他通貨に劣後する局面もあります。
日本の戦略的選択肢
多極化の中で、日本には三つの選択肢が考えられます。
① ドル体制との協調維持
日米同盟を基軸とする日本にとって、ドル体制との協調は基本路線です。米国債を大量保有し、ドル決済網の一角を担う構造は当面変わらないでしょう。
② アジア通貨圏との連携強化
一方で、中国を中心とするアジア経済圏との関係も無視できません。円と人民元のスワップ協定や地域金融安全網の枠組みは、多極化時代の保険として機能します。
③ 金・実物資産の位置づけ再評価
各国中央銀行が金を積み増すなか、日本の金保有比率は相対的に高くありません。通貨分散の流れの中で、金や実物資産の役割をどう位置づけるかは中長期的課題です。
日本にとってのリスクと機会
多極化はリスクでもあり、機会でもあります。
リスクは、為替変動の不安定化や国際金融市場の分断です。通貨ブロック化が進めば、企業の資金調達や貿易決済コストは上昇する可能性があります。
一方で、日本が技術力・資本市場の透明性・法制度の信頼性を維持すれば、「中立的通貨」としての円の価値が再評価される可能性もあります。
重要なのは、通貨は経済力と制度信認の結果であるという点です。金融政策だけで地位が決まるわけではありません。
結論
多極化する通貨体制は、ドル一極の終焉ではなく、分散型秩序への移行と捉えるべきです。
中国は金戦略や人民元国際化を通じて影響力を拡大しようとしています。欧州もユーロ圏の統合を深化させています。そのなかで日本は、ドル体制との協調を維持しつつ、アジアとの連携と通貨信認の強化をどう両立させるかが問われます。
円の将来は、為替政策の問題だけではありません。成長戦略、財政規律、制度への信頼といった総合力の問題です。
多極化時代における日本の立ち位置は、外部環境に受動的に適応するのではなく、自らの強みを再設計できるかどうかにかかっています。
参考
日本経済新聞「中国、ゴールド覇権に挑む」2026年2月25日朝刊
国際通貨基金(IMF)統計資料
日本銀行 公表資料
