企業年金の積立状況が改善する一方で、基礎年金の財政は依然として厳しい状況にあります。金利上昇や株高が企業年金の資産を押し上げる一方、少子高齢化が進む中で基礎年金の給付水準は低下が避けられないとの見通しも示されています。いま、年金制度全体の「公平性」と「持続性」が改めて問われています。
3階建ての年金制度と企業年金の回復
日本の公的年金制度は「3階建て」で構成されています。
1階部分がすべての国民が加入する基礎年金(国民年金)、2階部分が会社員などが加入する厚生年金、そして3階部分が企業が任意で設ける企業年金や確定拠出年金です。
近年、確定給付企業年金(DB)の積立不足が改善傾向にあります。2024年度の積立比率は97%に達し、リーマン・ショック後で最高水準となりました。金利上昇により将来債務の現在価値が縮小し、株高も資産の増加を後押ししています。
ただし、改善の中心は日本郵船や三菱地所といった大手企業であり、東証プライム上場企業のうち7割は依然として積立不足の状態です。自己資本比率が高く、財務体質の強い企業であっても、すべての従業員が恩恵を受けられるわけではありません。上場企業の正社員数は国内全体の1割程度に過ぎず、残る9割の雇用者や自営業者は企業年金制度の外にいます。
基礎年金に迫る「3割減」の現実
厚生労働省が2024年7月に公表した財政検証では、経済成長が実質ゼロ%程度にとどまる場合、基礎年金の所得代替率(現役世代の平均手取りに対する年金額の割合)は約30年後に3割低下するとの見通しが示されました。
所得代替率の低下は、厚生年金に加入していない自営業者や、就職氷河期にキャリア形成が難しかった世代にとって、生活への打撃が大きい問題です。基礎年金だけでは生活が難しく、将来的な「老後格差」の拡大が懸念されます。
改革の焦点は「基礎年金の底上げ」
2024年6月に成立した年金制度改革法では、2029年に実施される次回の財政検証を踏まえ、基礎年金の底上げ策を検討する方針が盛り込まれました。
その中で焦点となっているのが、厚生年金の積立金を一部活用する案です。厚労省の試算では、これを実施すれば基礎年金の給付水準の低下を約1割抑制できるとしています。
一方で、「厚生年金資金の流用」との批判も根強く、制度間の公平性や世代間の負担調整の観点から慎重な議論が求められています。今回の法改正は事実上の「先送り」にとどまり、根本的な持続可能性の確保には至っていません。
結論
企業年金の回復は、財務的に強い企業がもたらした限定的な明るい材料にすぎません。
真に問われているのは、全ての国民が加入する基礎年金の信頼をどう維持するかという点です。経済成長の停滞と少子高齢化が進む中で、給付水準の維持や所得再分配機能の強化が不可欠です。今後の年金改革では、3階建て構造の「上のゆとり」ではなく、「下の安心」を支える仕組みが求められています。
出典:
日本経済新聞「基礎年金、財政なお厳しく」(2025年11月5日付朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
