1986年に男女雇用機会均等法が施行されてから40年が経過しました。
「男性並みに働き続ける」という選択を制度的に可能にした最初の世代が、いま60代前半を迎えています。
役員に就いた人、継続雇用で働く人、退職後に第二の人生を模索する人。
その姿は実に多様です。
しかし、男性には比較的豊富に存在してきた「先輩のモデル」が、女性には必ずしも十分ではありません。
いわば、地図なき定年です。
本稿では、近年出版が相次ぐ関連書籍を手がかりに、「定年女子」世代が直面する課題と可能性を整理し、これからの人生設計をどのように考えるべきかを検討します。
均等法第1世代が迎える「初めての定年」
1986年施行の男女雇用機会均等法は、日本の労働市場に大きな転換点をもたらしました。
総合職として採用され、昇進競争の中で働き続けた女性たちが、制度のもとで初めて60歳を迎える世代となっています。
この世代の特徴は二つあります。
第一に、「前例が少ない」ことです。
企業内での女性管理職の歴史はまだ浅く、定年後のキャリア移行モデルは確立途上です。
第二に、「働き方が多様である」ことです。
出産・育児との両立、非正規への転換、再就職など、経歴は一本線ではありません。
したがって、定年後の選択肢も一様ではなく、「自分で設計する」色合いが強くなります。
趣味・関心・居場所という“仕事外資産”
エッセイストの岸本裕紀子氏による『定年女子』シリーズ(集英社文庫)は、定年前後の女性たちの姿を丁寧に描いてきました。
興味深いのは、「仕事外の関心」が支えになるという指摘です。
趣味やおしゃれ、人とのつながりなど、キャリアとは別の軸が人生後半の安定装置になるといいます。
男性の定年問題が「役割喪失」と結びつきやすいのに対し、女性は複数の役割を抱えてきた経験から、比較的柔軟に移行できる面があるという見方もあります。
もっとも、それは恵まれた層に限られる可能性もあります。
全体像はより複雑です。
「変身資産」をどう掘り起こすか
河野純子氏の『60歳の迎え方』(KADOKAWA)は、「定年を積極活用する」という視点を提示します。
人生100年時代において、60歳は終点ではなく通過点です。
その際に重要なのが、これまでの経験や関係性、能力を再構成することです。
同書では「心のブレーキ」と「心のアクセル」という概念を用いて、内面の制約と可能性を可視化します。
これは、心理的資本の棚卸しとも言えます。
企業内キャリアに限定されない、自分の再定義が求められているのです。
中高年シングル女性というもう一つの現実
一方で、『中高年シングル女性』(岩波新書)が描くのは厳しい現実です。
就職氷河期世代の女性の多くは非正規雇用を経験してきました。
配偶者の扶養に入らない単身女性は、社会保障制度の網からこぼれやすい構造があります。
この層にとって「定年」は区切りではありません。
生活のために働き続けざるを得ない状況が続きます。
ここには、制度設計上の問題も存在します。
第3号被保険者制度や賃金格差の影響は、老後に顕在化します。
「ロールモデルがない」という問題は、単なる心理的課題ではなく、制度的背景と深く結びついています。
定年は“個人の問題”か、“制度の問題”か
定年後の生き方は、自己責任の領域に押し込められがちです。
しかし、実際には年金制度、雇用制度、税制、社会保障制度と密接に関連しています。
例えば、
・在職老齢年金の仕組み
・継続雇用制度の設計
・社会保険料負担
・配偶者控除や第3号制度
これらは、定年後の行動選択に直接影響を与えます。
つまり、「どう生きるか」は制度横断的な設計課題でもあります。
結論
均等法第1世代の女性たちは、日本社会における“初めてのモデル”です。
彼女たちの選択は、後続世代の道標になります。
定年は引退ではなく、再設計の起点です。
しかしその再設計は、個人の努力だけでは完結しません。
制度の構造を理解し、
自らの資産(人的・社会的・心理的)を棚卸しし、
必要であれば連携や社会的支援を活用する。
その三層構造で考えることが重要です。
「地図なき道」は、不安でもありますが、同時に自由でもあります。
ロールモデルを探すことは、他者の人生をなぞることではなく、自分の設計図を描くための材料を集める作業です。
定年女子の問いは、やがて社会全体の問いになるでしょう。
参考
・岸本裕紀子『定年女子』シリーズ(集英社文庫、2015年~2024年)
・河野純子『60歳の迎え方』(KADOKAWA、2024年)
・和田静香『中高年シングル女性』(岩波新書、2025年12月)
・大江英樹・井戸美枝『定年男子 定年女子』(日経BP、2017年)
・日本経済新聞「ロールモデル探す『定年女子』本」(2026年2月28日朝刊)

