医療分野における外部資本の関与や、一般社団法人を活用した運営の拡大は、これまでの制度の前提を静かに揺るがしています。
本シリーズでは、制度の構造、税務上の取り扱い、M&A実務、そして否認リスクまでを順に整理してきました。その中で浮かび上がるのは、「医療において利益はどこまで許されるのか」という根源的な問いです。
本稿では、この問いに対し、制度設計の観点から整理を試みます。
医療はなぜ非営利とされてきたのか
医療が非営利とされてきた理由は明確です。
医療は生命・健康に直接関わるサービスであり、市場原理に完全に委ねた場合、
- 過剰診療
- 不必要な検査
- 支払い能力による格差拡大
といった問題が生じる可能性があるためです。
このため、日本の制度は医療法人に対して、
- 配当の禁止
- 残余財産の制限
- 公益性の確保
といった強い規律を課してきました。
これは、医療を「公共財」として扱う設計思想に基づいています。
現実はなぜ変わり始めているのか
一方で、現実の医療環境は大きく変化しています。
- 医師の高齢化と後継者不足
- 地域医療の維持困難
- 経営の高度化と資金需要の増大
こうした状況の中で、従来の非営利モデルだけでは医療提供体制を維持できない場面が増えています。
このギャップを埋める形で、外部資本や新たな運営形態が入り込んできました。
つまり、現在の変化は制度の逸脱ではなく、制度が現実に追いついていないことの表れともいえます。
利益はどこまで許されるのか
ここで重要になるのが、「利益そのものを否定するのか」という論点です。
医療機関の持続可能性を考えれば、
- 設備投資
- 人材確保
- 経営改善
のために一定の利益は不可欠です。
問題は、利益の「存在」ではなく、「帰属」と「使途」にあります。
- 医療の質の向上に再投資される利益
- 外部に流出するための利益
この二つは制度上、全く異なる意味を持ちます。
資本の論理と制度の論理の衝突
PEファンドなどの資本は、当然ながら投資リターンを前提としています。
そのため、
- 利益の最大化
- 効率的な資源配分
- 収益性の高い分野への集中
といった行動を取ります。
これは一般の事業であれば合理的ですが、医療分野においては、
- 過剰診療の誘発
- 医療の選別
- 公的保険制度への影響
といった問題につながる可能性があります。
つまり、医療制度は「利益を出してはいけない」のではなく、「利益の使い方に制約を設ける」ことで成り立っています。
制度のグレーゾーンが生まれる理由
現在広がっている一般社団法人スキームや不動産分離モデルは、この制度と現実の間に生まれたものです。
- 形式上は非営利
- 実質的には収益の外部化が可能
という構造は、制度の隙間を突いたものといえます。
これに対し、
- 財務報告の義務化
- 実態把握の強化
- 税務調査の厳格化
といった動きが進んでいるのは、このグレーゾーンを埋めるためです。
今後の制度設計の方向性
今後の制度設計では、単純な二択ではなく、バランスが求められます。
- 資本の活用をどこまで認めるか
- 非営利性をどの水準で維持するか
- 利益の外部流出をどう規律するか
完全な非営利に戻すことも、完全な市場化に進むことも現実的ではありません。
必要なのは、
- 透明性の確保
- 利益の流れの可視化
- 実質に基づく規制
といった中間的な制度設計です。
医療制度はどこへ向かうのか
今回の一連の動きは、医療制度の転換点を示しています。
これまでの前提であった「非営利=安全」という構図は、現実の変化の中で揺らいでいます。
今後は、
- 公共性
- 持続可能性
- 経済合理性
この三つをどう統合するかが問われます。
結論
医療における利益は、全面的に否定されるものではありません。しかし、その正当性は、利益の帰属と使途によって厳しく制約されるべきものです。
現在広がっているスキームは、この制約と現実の間に生まれた過渡的な構造といえます。
今後は、形式ではなく実質に基づく制度設計と監視が求められます。医療の公共性を維持しながら、資本の役割をどう位置付けるかが、制度の核心となります。
参考
日本経済新聞 2026年3月26日 朝刊
病院の営利偏重、監視へ「ファンド運営」増加受け 一般社団法人、財務報告を義務付け