円安が長期化しています。
為替レートは150円台を中心に推移し、輸入価格の上昇が続いています。
一般には「輸出企業に有利」と語られる円安ですが、実際の現場では、特に中小企業にとって深刻なコスト増要因となっています。問題は、そのコストをどこまで価格に転嫁できるかです。
本稿では、円安と中小企業の価格転嫁の実態、そしてその限界について整理します。
1.円安が中小企業に直撃する理由
円安は、以下のコストを押し上げます。
- 原材料価格(輸入部材・食材・化学原料など)
- エネルギーコスト(燃料・電力)
- 海外サービス利用料(クラウド・ライセンスなど)
大企業であれば、
- 調達先の多様化
- 為替予約の高度化
- 海外生産拠点の活用
といった対応が可能です。
一方、中小企業は調達力や交渉力に制約があり、コスト上昇の影響を直接受けやすい構造にあります。
2.価格転嫁はなぜ進まないのか
理論上は、コストが上がれば販売価格を引き上げればよいという話になります。しかし現実は単純ではありません。
(1)取引関係の力関係
下請構造の中では、価格決定権は発注側にあります。
取引継続を優先し、価格改定を言い出せない企業も少なくありません。
(2)最終消費者の購買力
消費者の実質所得が伸び悩むなかで、値上げは売上減少リスクを伴います。
特に生活関連業種では価格転嫁が難航しやすい傾向があります。
(3)値上げの「心理的抵抗」
価格を上げること自体への心理的ハードルも無視できません。
「値上げ=顧客離れ」という固定観念が経営判断を慎重にさせます。
3.転嫁率という現実
各種調査では、コスト上昇分を100%価格転嫁できている企業は少数にとどまります。
特にエネルギーや原材料の急騰局面では、転嫁率は50%未満というケースも珍しくありません。
この「転嫁できなかった部分」は、企業の利益を直接削ります。
円安 → コスト増 → 転嫁不十分 → 利益圧縮 → 投資抑制
この循環が続けば、生産性向上投資や賃上げの余力も失われます。
4.大企業との格差拡大
円安局面では、
- 海外売上比率の高い大企業は増益
- 内需依存型・輸入依存型の中小企業は減益
という構図が生じやすくなります。
結果として、
- 賃金格差
- 投資格差
- 収益安定性の格差
が拡大します。
円安は単なる為替問題ではなく、企業規模間の分断を広げる装置にもなり得ます。
5.政策の役割
価格転嫁を促すため、政府は「適正取引推進」や「価格交渉支援」などの施策を打ち出しています。
しかし制度だけで転嫁が進むわけではありません。
本質的には、
- 取引慣行の見直し
- 労働市場の流動化
- 付加価値の向上
といった構造改革が不可欠です。
為替水準の是正だけで問題は解決しません。
6.経営としての対応
中小企業が取り得る現実的な選択肢は次のとおりです。
- 値上げの段階的実施
- 商品・サービスの高付加価値化
- 価格以外の競争軸の確立
- 為替リスク管理の高度化
- 取引先の分散
重要なのは、「転嫁するか否か」という二択ではなく、経営モデルそのものの見直しです。
結論
円安は続く可能性があります。
そのなかで、中小企業の価格転嫁の成否は、日本経済の持続性を左右します。
転嫁が進まなければ、企業体力は徐々に削られます。
一方で、適切な価格改定が進めば、健全な賃上げや投資循環につながります。
為替は外生的な要因ですが、価格戦略は内生的な経営判断です。
円安時代に問われているのは、為替そのものよりも、価格を通じて付加価値を実現できる経済構造へ転換できるかどうかです。
参考
・日本経済新聞「漂流する円1 もはや安全通貨ではない」2026年2月17日朝刊
・東京商工リサーチ 為替影響調査(2025年12月公表)
・内閣府 企業物価指数関連資料
・中小企業庁 価格転嫁対策資料

