日本円の「実力」が、この30年でおよそ3分の1に縮んだと報じられました。国際決済銀行(BIS)が公表する実質実効為替レートは、2026年1月時点で67.73(2020年=100)。変動相場制移行後の最低水準を更新しています。
1995年4月のピークは193.95でした。そこから約3分の1まで低下したという事実は、単なる円安の話ではありません。日本経済の構造的な課題を映し出す数字でもあります。
本稿では、実質実効為替レートの意味を整理したうえで、円の「実力」低下が示すもの、そして今後の視点を考えます。
実質実効為替レートとは何か
通常の為替レートは、ドル円のように2国間で示されます。しかし、それだけでは通貨の総合的な力は測れません。
実質実効為替レートは、以下の要素を加味した総合指数です。
- 複数通貨に対する為替レート
- 各国との貿易量に応じた加重平均
- 各国の物価上昇率の差
つまり、「世界全体に対する通貨の購買力」を示す指標です。数値が下がるということは、海外からモノやサービスを買う力が弱まっていることを意味します。
BISの統計では、円の算出にあたって最もウェイトが高いのは中国(3割超)です。次いで米国、ユーロ圏、韓国、台湾が続き、上位5地域で約7割を占めます。円の実力は、アジアとの関係を強く反映しているのです。
なぜ30年で3分の1になったのか
背景には、いわゆる「失われた30年」があります。
1990年代半ば、日本の潜在成長率は1%前後ありました。しかし2010年代後半には0%台前半に低下しています。成長力の鈍化は、物価上昇率の低迷と超低金利を招きました。
低金利は円安要因となります。金利差は資金の流れを左右するからです。結果として、円は長期的に下落基調をたどりました。
さらに構造的な変化もあります。かつては「円安=輸出企業に追い風」という単純な構図がありました。しかし現在は生産拠点の海外移転が進み、円安メリットを国内で十分に享受できない体制になっています。
その一方で、エネルギーや食料などの輸入価格は上昇しやすく、家計や中小企業の負担は増します。円安の「痛み」の方が目立ちやすくなっているのが現状です。
利上げで円は戻るのか
足元では賃金と物価がともに上昇し、日本銀行は金融正常化を進めています。市場では政策金利が1.5~1.75%程度まで引き上げられるとの見方もあります。
金利上昇は円を下支えする可能性があります。しかし課題も明確です。
負債依存度の高い企業、とりわけ小規模事業者は金利上昇の影響を受けやすくなります。利上げは通貨安是正の一方で、企業財務を圧迫する側面もあります。
通貨の価値回復を金融政策だけに求めるのは限界があります。結局のところ、通貨の実力は経済の実力に帰着します。
円の実力と成長力
実質実効為替レートは、国の成長力を映す鏡でもあります。
成長力が高ければ、投資資金は流入し、通貨は評価されやすくなります。逆に、成長性への疑問が強まれば、円安が定着しやすくなります。
足元では政府が国内投資を重視する方針を掲げていますが、企業の国内回帰の動きはまだ鈍いとの指摘もあります。単に為替水準の問題ではなく、「この国で投資を拡大したいと思える環境かどうか」が問われています。
実質実効為替レートが示しているのは、金融市場の短期的な動きではなく、長期的な競争力の低下です。
私たちの生活への影響
円の実力低下は、生活の実感とも直結します。
- 海外旅行の割高感
- 輸入食品やエネルギー価格の上昇
- 海外留学コストの増加
- 海外資産への分散投資の重要性
家計レベルでも、「国内だけで完結する資産設計」が通用しにくくなっています。
企業にとっても、海外展開の戦略、為替リスク管理、資金調達構造の見直しが重要になります。円安は一律にプラスでもマイナスでもなく、構造次第で影響が分かれます。
結論
円の実質実効為替レートが30年で3分の1に低下したという事実は、単なる通貨安の話ではありません。
それは、日本の成長力、金利水準、産業構造、対外競争力を総合した「経済の体力」の問題です。
金融政策の修正は重要ですが、決定的なのは生産性向上と成長戦略です。通貨の実力は、経済の実力を超えて強くなることはありません。
円の水準を嘆くよりも、日本経済の基礎体力をどう高めるか。その議論こそが、今もっとも重要なテーマといえます。
参考
日本経済新聞
「円の『実力』30年で3分の1、最低を更新 購買力低下止まらず」2026年2月21日朝刊
日本経済新聞
「実質実効為替レート 2通貨間で測れない実力」2026年2月21日朝刊

